#14
彼はね、信じられないくらい才能に恵まれた人だったの。天は二物も三物も与えるみたい。
端正な顔立ちに長く伸びた手足。それらを自在に操る運動神経とセンス。
私が贔屓目で彼を見ていたのかもしれない。けれど、彼はどう考えたって他の人々とは違ったオーラを身に纏っていた。
特に芸術面においては類まれな能力をもっていたわ。絵筆を握れば賞を獲る。楽器を奏でれば賞を獲る。
彼の人生は数え切れないほどの賞と称号に彩られていた。
多くの人間が彼に期待を寄せ、まるで自分の手柄かのように勝手に夢と希望を投影した。
彼はそんな彼自身のことを「生きにくい」と表現したの。
賛否というものは常に表裏一体として存在する。その間を隔てるものは何もない。
評価しようとすればするほど、そこには嫉妬がついてくる。
あいつばかり、と妬めば妬むほど、素直になれない自分に嫌気がさす。
自分なんて何もできないと悲観し嘆けば嘆くほど、優れたものを遠ざけようとする。皮肉よね。
この世界は彼には生きにくかったみたい。
そんな彼にある日寄り添う女が現れたの。
綺麗なストレートのロングヘアで、清楚な佇まいの人だった。
驚いたわ、とっても。
彼の外見に惚れ込む女はそれまでもたくさんいたから今回も少し経てば離れていくだろうと思っていた。それだけ彼は繊細で難しい人だったから。
でも一か月経っても二か月経っても彼女はそこにいた。
べたべたとくっつくわけでも楽しそうに話すわけでもなく、ただ隣にいるの。
なんだか胸がざわざわして、じっとしていられなくなっちゃった。
なりふり構わず彼女に話しかけた。そこで彼女がうるさいでも黙れでも、迷惑だと言ってくれさえすれば、少しは違ったのかもしれない。
彼女は、こんな私さえ受け入れてくれた。
それから彼は私にも少しずつ口をきいてくれるようになったの。
彼女のおかげ、というのはやっぱり少し癪だけど、実際はそうだった。
見ているだけの相手だった人が、手の届く距離にいる。私はどうも落ち着かなかった。
私達は周りからは彼の名声に肖ろうとする欲深い女、と思われていたと思う。
そんな声は、私の耳にも入ってきた。多分、彼女の耳にも。
それでもいいと思った。私は彼のことを分かっている。それだけで満足していたし、独占できているようで、むしろ満たされている気がしていた。