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僕の歌  作者: 花散里*
3.
13/19

#12

あの日、彼が夜中に電話をかけてきたの。


今から家に行っていいかって。驚いたわ。

電話が切れてからすぐにインターホンが鳴った。

でも扉の前に佇んでいた彼はいつもの彼じゃなかったの。髪は無造作に絡まって目は虚ろ、細い唇はいつもより色味を失っていた。


とりあえず私の部屋に通したわ。そうしたら彼、座りこんじゃって。どうしたのって何度も何度も聞いたけど放心してるみたいで。


仕方がないから何か飲み物を持ってこようと思って下に降りようとしたら突然口を開いたの。


「死んだんだ…」




一晩中、隣で寝ている彼を見ていたわ。

その日はほぼ満月に近かったから、月明かりで照らされて鼻筋も睫毛もいつもより綺麗に見えた。

たまにすぅ…って寝息が聞こえてくるのに、目尻の隙間からは絶えず涙が流れてるの。

拭っても拭ってもまた溢れてきて…。とても綺麗だった。

不謹慎かもしれないけれど、私はそんな女だった。

やっと、彼の側に居られる。そう、思ったの。



翌朝起きてみたらもう彼は起きてベッドの上に座っていた。


「おはよう」


私はなるべく何事もなかったように心がけながら声をかけたの。

彼と一緒に朝日に包まれるなんて信じられなかったから、私だって、色々思うことはあったのだけれど。


すると彼はこめかみを押さえて俯いてしまったのよ。


「どうしたの。頭でも痛い?」



「あんた…誰?」


昨日までのこと、もちろん私のことも全部覚えてなかったみたい。

後日付き添って病院に行ったのだけど、そのとき先生に説明されたわ。

言葉とか日常的な行動は残ったままだったから、思い出したくないことに蓋をしたくて自分で記憶を封じてしまった、ってことらしいの。

それから、元の彼が完全に消えたわけではないらしい、ってことも。

本人に伝えるかは周りが考えて決めなさいって…


驚いたわ。まさか本当に何もかも全部忘れちゃってるなんてね。

私が見つめていたあの綺麗な寝顔に伝った涙に彼の全部が溶けて流れてしまったのかもしれないわね。


私は彼が出ていった後の1人の部屋で泣いたわ。彼の記憶の染み込んだシーツを今度は私の涙が濡らした。

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