#11
「勘違いしないで。私はあなたが知りたいと思っていることについては隠さずに答えるつもりよ。でもあなたがどこまで知っているのか分からないから……」
やめろ。軽々しく話を進めるな。
「別に、話したくないなら無理には聞かないわ。お節介だったかしら」
「……。あいつは……俺の姉を殺したんだ。……違う、今だって元気に生きてるさ。でも、もう昔の姉さんには戻らない。あの日を境に、姉さんは変わってしまった。永遠に元には戻らない。もう会えないんだ、姉さんには……。殺されたも同然だろ!」
叫ぶように言い切ってからもう引き返せなくなった。
「俺はそれから毎日眠りにつく前に祈った。どうか、あいつが姉さんの苦しみ以上に苦しみますように。毎日、毎日。そうしたら神様は教えてくれたんだ、あいつの居場所を。まさか呑気にバンドなんてやってるとは思いもしなかった。偶然近所のライブハウスの公演スケジュールを漁ってたらあいつの名前が目に入ったのさ。俺も少しバンドかじってたからさ。これしかないと思ったね。入っていたバンドはすぐにやめた。サイトには顔写真まで丁寧に載っていたよ。あぁ神様はなんて優しいんだ。この手で、あいつに姉さんの痛みを分からせてやれるなんて!」
水を流し込む。火照った体は一向に冷えてくれない。
「それから俺は色々と調べたんだ。もちろんあんたのことも。姉さんとあいつと同じ大学なんだろ?……一番使えたのはあの大きい野郎だなぁ。バーで会ったのはただの偶然だったけど、あの声の大きさじゃ周りにいるやつ全員に会話の内容筒抜けだっての。すぐにクォーターパイレーツ?とかいうバンドを検索して動画を再生した。彼にも聞こえるように。何とも言えない陳腐なサウンドで耳が痛くなったよ。案の定すぐに食いついてきたさ。お前も好きなのか、気が合うな!って。神様はとうとう俺をあいつと引き合わせてくれたんだ!」
「いいところだけどちょっといい?」
つい喋りすぎてしまった。氷はだいぶ溶けてきた。
「あなたのお姉さんとはあなたの言う通り大学の知り合いだわ。あなたのことも彼女の口から聞いたことがあるのよ。でもその時はあなたのことを、私の兄、って呼んでたの。ふと、思い出しちゃって。もしかして双子とかなの?」
「そう……でも血は繋がってない」
「どういうこと?」
「再婚したんだ。俺の親父。俺がまだ小さかった頃に。再婚相手の娘と息子の生年月日が同じなんて驚いただろうな。だから俺は姉だと思っているし、向こうは兄だと思っている。面倒だからどっちでもいい」
「へぇ。複雑なのね」
複雑だとか、考えたこともなかった。たしかによそから見たら珍しい、か。
「そういえばあんたもあいつに姉貴呼ばわりされてるだろ?なんでだ?」
「話すと長くなるわ。先にあなたの話が聞きたい」
俺の話、と言われても、もうこれ以上話したくはなかった。
誰にも知られずに秘めてきたものを他人に打ち明けてしまった後の妙な喪失感に胸が押しつぶされそうだ。
「いい。あんたの話を聞かせてくれ。あんたと、あいつの話を。……その前にもう一杯水をもらえないか?」