#10
「ごめんねお母さん、お客さん連れてきちゃった。そこのカウンターの隅だけでいいから使っても平気?」
「いいわよ。何か出そうか?」
「うん。あたしこの前入ったやつがいいな、何だっけ、あの赤くて甘いやつ。あなたは?」
「水でいい」
「遠慮しなくていいのよ?お金も気にしないで」
「いや、飲めないから」
「そうなの?意外ね」
よく、言われる。
「そこ、座っていいわよ」
やわらかいこの店の照明のおかげか、この人の表情も心なしか優しそうに見える。騙されてたまるか。
一番端の席に腰かけ、俺はグラスに注がれた水を喉に流し込む。氷に冷やされた水は心地よく体に染み込まれていく。
「一口飲む?美味しいわよ」
「飲めないって言ってるだろう」
「そんなに強くないから大丈夫じゃない?」
そう言って赤いグラスを俺の方に寄せる。
「いらない。甘いの嫌いだから」
「へぇ。大人ね」
「……」
からかっているのか?と疑ってしまう。だがこんなことにいちいち腹を立てていてはそれこそ子供だ。
「ねぇ、なんで入ったの?」
「……暇だったから」
嘘だ。
「嘘」
「は?」
「何か目的があるんでしょう」
「……何が言いたい?」
「知りたいことでもあるんでしょう?ちょうど私もあなたに聞きたいことがあってね」
女の目をじっと見つめる。まっすぐ見つめ返してくるその目に迷いはなかった。そうか、やっぱり女はこういうことに鋭いよな。誤算だ。
「あいつは今何をしている?」
「小僧ならずっとこもって曲作ってるわ」
俺が本当に聞きたいのは……。まぁ、いい。焦らずゆっくり聞き出していけばいいんだから……
「あ、もしかして小僧じゃない方が気になってるの?」
「じゃない方?」
「……あなたはどこまで知っているの」
完全にペースを握られた。まずい。焦るな、焦るな。ここでしくじったら俺のこれまでの綿密な計画はどうなるんだ……あと少しで、全てが終わるのに。