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ライトの隙間から数多の目が覗いている。ギターの音が割れそうな程に鳴り出す。
この旋律を、僕は知っている。
ドラムとベースが続いて低音を奏でる。
ベースの音が好きだ。甘くて、悲しいから。
この旋律を、僕は知っている。
酔いしれていると、もう歌い出しが迫っている。ドラムは一転して小刻みなビートを刻んでいるしギターは己の存在を主張するように高く耳を劈く。ベースだけは変わらず甘くて悲しい。キーボードは控えめで繊細だ。もうすぐ、ここにある楽器全てが静寂を奏でる。
この歌の歌詞を、僕は知っている。
歌うのだ。僕が。
歌えるのか?僕は。
ドラムが腰に響く。キーボードはいつの間にかギターに対抗せんとばかりに高く低く波打っている。ベースの甘美かつ哀愁を湛えたメロディーは脳を痺れさせる。
もうすぐだ。あと五秒もない。
僕は知っている。旋律も歌詞も完璧に。
だが、歌えるのか…?
訪れた。静寂が。一瞬前の興奮の余韻だけが漂う。なんて素敵な静けさなんだ。
あぁ、僕の番だ。
知っている。歌詞なら全部知っている。この歌の全てを、僕は知っているんだ。
これは、あの残酷で儚げな光景を余すことなく詰め込んだ、僕の歌だ。
僕は歌えるのか?この歌を。
マイクなら握っている。痛い程に。
息なら吸った。胸いっぱいに。
静寂は続いている。
ライトと目は全て僕に向けられている。
歌わなくては。
知り尽くした、この歌を。
知りすぎた、この歌を。