開店4日目
代読屋の料金は手紙1枚1セインと激安になった。
だってさ、ラブレターを受け取れば受け取るほどお金がかかるシステムっておかしいよね。
そうそう、代筆屋で代読屋の料金先払いチケットも用意することにした。ラブレターを受け取った人の金銭的負担がないようにね。
それにしても、1セインじゃ代読屋がもうからないんじゃないかと思ったら「代読」を希望する人は多いから大丈夫だとエディが言った。
何でも、富豪のご婦人に本を朗読する仕事というのがあるらしい。主にメイシーが担当になるそうだ。
相手は富豪だし、本1冊の朗読なので料金は3時間までで読める分量で300セイン。銀貨3枚だ。
高いっ!と思ったけれど、ラブレター1枚1セイン、本1冊300ページ300セインなら、高くない。
さて、開店から3日経ちました。
閉店後、私の部屋でで本日の店舗報告。私とメイシー二人だけのね。
二人だけなので、メイシーは侍女じゃなく親友モードです。
「うふふふ。今日は領都で1,2を争う商会会長夫人に本の朗読してきたんだけどね」
メイシーがやけににやけた顔をして報告してくる。
「えー、何、何、何?」
「蔵書がすごかったよっ!読んだことのない本もいっぱいあったの。今日はそのうちの一つを朗読したんだけど、途中で涙が出ちゃって、上手く声が出せなくなって……申し訳ありませんって顔を上げたら、夫人もハンカチで涙をぬぐってたの。それで、二人で涙の原因になった男のダメ出ししてね」
「あー、いいな!いいな!私も代読屋したい!読んだことのない本読みたい!一緒に本の内容を語りたい!」
やだやだ、メイシーがうらやましすぎるっ!
「リリィーはそう言うと思った。じゃーん」
メイシーが、背中に隠していた本をテーブルの上に置いた。
「夫人が貸してくださいました!」
「きゃーっ!メイシーありがとう!早速読む!」
本に手をかけて、表紙を開く。
「で、リリィーの方は?代筆屋はどうだった?」
へらりと笑うしかない。
「また、お客ゼロ?」
さて。
開店4日目。今日こそ、今日こそ一人でもお客よ来い!
鼻息荒く、ロゼッタマノワールと代筆屋をつなぐ扉を開ける。
「待ってたよ、リリィー」
クローゼットの扉の前で、笑顔のアルが出迎えてくれた。そして、いつものように、手の平にピンをのせて私に差し出す。
初日に私がアルの前髪をとめたピンだ。自分ではうまくとめられないからって、毎朝頼まれるのだ。
アルの前髪をかきあげ、ピンでとめる。このとき、アルの空色の瞳がすぐ目の前にあって、綺麗だなぁってうっとりしちゃうんだ。
「嵐の日も、アルの瞳を見れば、青空を思い出せるね」
思わず、小説の一説みたいなことを口走って恥ずかしくなる。
何言ってるんだろう、私っ!
顔をそらそうとしたら、アルの手が私の頬に添えられ、再び視線が合った。
「雪深い日も、リリィーの瞳を見れば新緑を思い出せる」
アル……。
嵐の日も雪の日も……ずっと一緒にいようってプロポーズみたい。
って、何考えてるの!
小説だったら、わーすてきぃとか思うけど、私とアルはそういう関係じゃないし、深い意味はないんだからっ!
「さ、アル!今日こそお客さんをゲットしましょう!」
1階に移動して、いつもの場所に座る。
私は暇つぶし用の本も忘れずに持ってきている。メイシーが貸りてきてくれた本だ。
うふっ。店番といいつつ、読書タイム!なんだか楽しい職場です。
本をぺラリとめくる。アルはそんな私をじぃっと見ている。
じぃー。
じぃーーーーっ。
えーっと、退屈じゃない?
っていうか、そんなに見られると読みにくいんだけど!
あうう、スイマセン。
もしかして、一人読書を楽しんでいる私に対する無言の抗議かしら?
「ねぇ、アル、何故お客さんが来ないんだと思う?もう4日目なのに……料金が高すぎるのかな?」
「いえ、そもそも店内に誰も入って来ませんから、料金の問題ではないかと……」
んー、そうよね。じゃぁ、何が行けないのかしら?大きな看板も取り付けたし、営業中と分かるようにドアにぶら下げた一輪挿しに花も飾ってある。
「アル、お客さんも来ないし、好きなことしてていいよ。私は読書してれば幸せだけど、アルは退屈でしょう?」
「いいえ、リリィーが読書しているのを見ていて退屈などしませんよ?」
何、それ。
もしかして、私、本を読みながら百面相してる?……してるかもしれない。悲しい場面では眉が下がるし、スカッとする場面では笑顔になるもんなぁ……。
いやぁねぇ、人の百面相見て楽しむなんて……。悪趣味すぎるっ!
ぎっとアルを睨み付ける。
「見られていると、落ち着いて読書できないの!だから、アルは別のことしてて!」
「ごめん、リリィー、読書の邪魔して……」
アルが店舗部分の奥の扉を開けて出て行った。
シュンっと肩を落とすアルの後姿……。ちょっと強く言いすぎたかな?
……。
本をぺラリとめくる。
……。
アル、何してるんだろう?
……。
よしっ!読書はおしまいにしよう!
本をパタンと閉じて、机の引き出しにしまう。店舗の奥の扉を開けるとキッチンだが、そこにアルの姿はなかった。2階?
あれ?
キッチンの奥から光が漏れているのが見えた。近づいてみると、扉がある。開くと、そこには裏庭があった。
ロゼッタマノワールは敷地の奥も建物になっているが、ここは違うらしい。
建物の影になっている部分には井戸があり、光が当たっている部分には花壇があった。そして、その横でアルが剣を振っていた。
でたらめにただ振り下ろすだけの剣ではない。
力を入れる、抜く、剣を振る、止める、薙ぎ払い、受け止める……。実践を想定した動きだろうか。
剣を振る腕の筋肉が躍動している。
綺麗。
小説の中では、こんなに剣の練習が綺麗だって書いてなかったよ……。
日光に照らされて飛び散る汗も美しい。
時折聞こえる剣が風を切る音が、まるで聖なる楽器を奏でる音のようだ。
ふふ、何か私の表現詩的。もしかして文才あるかもしれない!小説……書いてみたいな。書けるかな……。
うん、いつかアルをモデルにした人物を書こう。
やっぱり設定は……国の復興のために、身分を隠した義賊。山賊の頭領だ。
アルのが剣を振るのを止め、井戸に剣を立てかけた。そして、着ていたシャツを脱ぐ。
「ひゃっ!」
どうやら、ドアの隙間から庭をのぞいていた私に気が付かなかったようだ。
2度目のラッキースケベ……あわわっ。
「リリィー!いつからそこに!」
ずっと隠れて稽古を見てました……って、ストーカーか!って思われそうだ……言えない。
へらりと笑って誤魔化す……。
「ああ、ごめん、稽古に集中してて、もしかしてお昼の時間?呼びに来てくれたの?キッチンで待ってて、水浴びして着替えるから!」
お、旨く誤魔化せた。って、え?もうお昼?
私、どれだけアルのこと見てたんだっての!いやいや、ほら、珍しいもの見たからだよね?普段見られないものだし、将来小説を書くときのためにさ、目に焼き付け解くのさ。それだけのことさ。……。
キッチンの椅子に腰かけてアルを待つ。
「おまたせ、リリィー。今から昼食もらってくるよ」
階段へ足を向けるアルを引き留める。
「待って!」
代筆屋開店から3日。
お客さんが来るのを今か今かとドキドキして待っていた。
上手な字が書けるようにと、紙に文字の練習をしたり、いらっしゃいませとか挨拶の練習もしていた。
昨日までの3日間は、店を離れている間にお客さんが来るといけない!と、ロゼッタマノワールから昼食を運んでここで食べていた。
そう、3日間ずっと店に籠ってアルと二人で過ごしていたのだ。
いったい私は何をしていたのだろうか!客も大切だけど、そもそも私が市井に来たのは店を繁盛させるためじゃない!
3S男子をゲットするのが目的だ!
店に籠って、来もしない客を待って毎日過ごしてどうするっていうのだ!
ふんっ!
街に出るのだ!
「アル、今日は街でお昼を食べましょう!」
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