仕切りやメイシー
エディに代筆屋を始めることを説明して、料金設定をどうしたらいいの早速相談する。
「端的に言えば、パン1つ分の値段では無理ですね」
そっか。がっくり。
「街で生活するのであれば、1日10セインあれば食べていける。パン1個1セインとして、10人客が来れば10セイン。食べることならできる」
「え、じゃぁ、」
「ですが、店の経営は無理だ。まず、従業員の分も稼ぐ必要がある。アルと私とリリィーの3人で店を営むとすれば、3人分。つまり1日30セインなければ食べられない。すると10人でよかった客は30人来てもらわないといけないことになる」
「あ、じゃぁ、値段を3セインにすれば……10人来てもらえればなんとかなるってこと?」
「いいえ。必要経費が考慮されていないから無理だね。紙やインクなど必要な物を購入する費用分も稼ぐ必要がある。また、毎日10人ずつ来てもらえる保証もないから、ある程度客が途切れてもその間食べられる貯蓄も考えなければならない。それから、店舗の家賃や税金も必要だ」
「ああ、家賃や税金は必要ないわ」
お父様が用意した建物だもん。それに税金も公爵領の街なんだし。
「何を言っているのかな、リリィー。税金や家賃は本来払うべき物。当然の必要経費として価格に上乗せする必要がある。そうでないと、もし他に代筆屋を始めようとする人達が大変な思いをする」
他に執筆屋を始める人?競争相手がいない方が店としては儲かるんじゃ……?
「リリィーは、パンを買うくらい気軽に手紙を贈りあえるようになってほしいと言ったね?だったら、街の中に多くの代筆屋ができた方がいいだろう?そのためには、我々は先駆者としてまっとうな価格設定をする義務がある。後進が育つようにね」
「エディすごいわ!そこまで考えてるんだ!」
ほわぁー。流石領地運営の手伝いをするような人は違う。
「そうだね、エディの言う通りだと僕も思うよ」
ティーポットにティーカップ、お菓子もある。いろいろのっていて重そうなお盆をひょいと片手にアルが現れた。
「リリィが代筆屋を初めるということは、実はすごいことだと思う。街の人たちが文字に触れる機会が増えるというのは、街の人たちが文字の読み書きに興味を持ち、識字率をあげる起爆剤になる可能性があると思うんだ。識字率が上がれば、国の発展につながる」
え?そうなの?
「ふっ、気が付いたか」
と、エディがアルに挑発的な笑みを見せる。アルが当然だという顔をエディに返した。
「そっか!ラブレターが国を発展させるのね!愛の国、ふふふ、素敵!」
私の言葉に、二人が顔を見合わせて苦笑いをする。2人とも息がぴったりね!
「アル様、お待ちくださいっ、アル様にお茶を運ばせるようなことをしては、」
はぁはぁと息も絶え絶えに、メイシーが階段から下りて来た。
「メイシー、アルに様は不要だ。リリィーが、ここで生活する2年間は身分の上下を排除することを望んだからね」
エディの言葉に、
「ええ、ですが、アル様は……」
「メイシー、リリィーの望みだ。アルと呼んでくれ。それから、お茶を持って階段の上り下りをするのは大変だろう。これからも僕が運ぶよ」
あの階段は、初日にアルが転げ落ちた階段だ。メイシーがお茶を持って転げ落ちる姿を想像して、ぞっとなる。
メイシーは、まだ納得できないという様子を見せた。
「荷運びくらいできないと、男としてかっこ悪いだろう?」
「そうよ、メイシー!小説でもあったじゃない!女性の荷物を持ってくれる男性って魅力的だわ!ね!」
という私の言葉に、ハッとメイシーが息を飲む。
「そ、そうですわね!リリィー様。お茶を運んでくださるアル様……いえ、アルは素敵ですわよね!」
お?
メイシー、アルに惚れたか?
その後、アルが運んできたティーセットを使って、メイシーがお茶を入れてくれた。
4人でテーブルを囲んで、代筆屋の相談。
価格は、紙代込で1枚8セインにした。紙の仕入れ値が2セイン。インクやそのほかの経費もあり、1枚の代筆の儲けは5セイン。
お客が少ないと代筆屋だけで食べていくのは苦しい値段設定だが、元々読み書きができる商人が、店と兼業で代筆屋を営むと考えれば十分な価格ということでこの値段に決まった。
紙をランクアップするなどオプションもいくつか設定する。
「これで、準備は整ったね」
と、アルが満足そうに頷いた。
「あ、だめだ。まだ問題が残ってる」
忘れるところだった。
「問題?何か見落としたか?」
エディが、色々と書き留めた紙を見直す。
「いえ、代筆屋の開店準備はいいんですが……」
昨日食堂でおっちゃんが言っていた「読めない」問題……。
どうしたものか……。
「そうだ!」
エディの手を取る。
「エディには商才があるもの、店を運営するくらいどうってことはないわよね?」
手を握られたエディが、一瞬息を飲む。
「もちろん。俺はどんな境遇になろうとも、生活できるだけは稼ぐ自信が」
エディの言葉を遮って、私は口を開いた。
「それから、ロゼッタマノワールはやめたのよね?だったら、新しい店を始めても問題ないわよね?」
「え?新しい店?」
エディの手を上下にぶんぶんと振り回す。
「ありがとう、執筆屋を手伝ってくれるのね!だったら、よろしくお願いね。ロゼッタマノワールの左側の従業員用の建物で”代読屋”をしてね!」
「だ、代読屋?」
「そう!文字を書けない人のために代筆してあげるのが、私の代筆屋。文字を読めない人のために、代読してあげるのが代読屋。代読屋がなければ、ラブレターを贈られても困るでしょ?ってことは、代筆屋にラブレターを頼む人もいないでしょ?ね?”代筆屋の手伝い”として、代読屋はとても重要なのよ!」
なるほどと、アルがにやりと笑った。
「……俺が、代読屋を?」
一人じゃ確かに大変かな……?
「じゃぁ、メイシーも代読屋の手伝いをしてくれない?」
「は?はい?私がエディと一緒に代読屋を?ロゼッタマノワールの仕事を覚えるよりはマシですけど……でも……ロッテンさんの許可が下りるか……」
メイシーは私とアルとエディの顔をチラチラと見ている。
「そうだ、アルが代読屋をしたらいい。俺とリリィが代筆屋をする」
「残念だね、エディ、僕はリリィーの護衛だから離れるわけにはいかないんだよ」
うん、そうなんだよね……。
「私も、アルが護衛じゃなければ、アルとじゃなくて……」
私の言葉に、アルがガタっと椅子を鳴らし、エディがガツンとテーブルに膝をぶつけた。
「メイシーと一緒にお店がしたいんだよね……」
メモした紙をエディが床に落とした。
「リリィー様!分かりました!そこまで言われるのであれば、ロゼッタさんから許可をもぎ取って見せます。それから、エディ様は領主と……の手伝いをしていたということですが、武道の心得はありますか?」
メイシーは意を決すると行動が早い。
思ったことを次々と口にしていく。
「あ、ああ。貴族院立男子学園で、一通りの基礎と、選択科目で護身術と剣を学んだ」
エディも貴族令息だったんだ。
お父様も、公爵の力をフル活用で、ずいぶん立派な人ばかり雇ったものね。貴族で商才に長けてるなんてすごく貴重な人材じゃない?
「では、店内に居る時のリリィー様の護衛くらいはできますね。アルも四六時中リリィー様に張り付いているわけにはいかないでしょう」
そうして、メイシーが仕切って代読屋の話がまとまった。
1週間は6日だ。
お店はそれぞれ5日ずつ営業することにして、休みをずらしてローテーションを組むことになった。
代筆屋:アル アル エディ アル アル 休み
代読屋:エディ エディ 休み エディ エディ エディ
「うん、いいんじゃない?代筆屋が休みの日でも、アルには護衛してもらわないといけないものね。そうすると全然休みが取れないから、エディが代筆屋に1日来てくれれば、その日に休めるわよね?」
代読屋開店は決定事項になった。
「あ、従業員宿舎なんだよね?住んでる人の許可がいるね……」
「もちろん、許可しますよ」
ん?エディが住んでるんだ。