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番頭の名

「よし、今日はそこの店!」

 代筆屋の、道を挟んだ真正面の食堂を指さす。

 街は憧れだけど……でも、いきなり見て回るのは実は正直、少し怖い。

 小説の中に出てくる市井しか知らないんだもん。

 看板にジョッキと皿とスプーンが描かれているから、食堂で間違いないだろう。

 両開きの大きなドアを押し開いて中に入る。

 店舗には4人掛けのテーブル席が10ほど並んでいて、ほぼ満席だ。

「いらっしゃい、相席でいいかな?」

 私より少し年上に見える給仕さんに声をかけられた。シンプルな足首までの茶色のワンピースに黒いエプロンをしている。

 相席ってなんだろう?と思いつつ、頷けば、すぐに近くのテーブルに案内される。

「相席お願いしまーす」

 すでにテーブルには2人のおじさんが座っていた。

 おじさんたちは、了解を示すように手を軽く上に挙げた。

「お客さん、うちの店初めてですよね、何にします?飲み物は、果実水か酒。食べ物は、肉パンかランチ」

「あの、食べ物を頼みたいんですが、いくらですか?」

「肉パンが3セイン、ランチが6セイン。ランチにパンはついてるけど、足りない時の追加のパンは1セインね」

 長い赤毛を頭の高い位置で結んだ給仕さんが、指で数字を立てて説明してくれる。

「「安い」」

 思わず、アルと声がハモる。

 パン1つが1セイン。1セインって、銅貨1枚だったはずだ。

 パン1個の値段は1セイン。アルが契約書の代筆の相場は金貨1枚、つまり1000セインって言ってたよね……。

「安い?このあたりじゃ普通の値段だよ。もしかしてお客さんたち、この街、初めて?」

「あ、うん、そうなの。王都から昨日到着したばかりで……」

 あははと笑ってごまかす。

「そっか。王都はパンの値段はもっと高いのね。で、何にする?」

「じゃぁ、えっと、ランチと果実水……アルもそれでいい?」

 アルが頷いたのを確認すると、給仕のお姉さんにお願いした。

「じゃぁ、18セインね」

 計算早いなぁとか思ってぼんやりしてると、お姉さんが「ああそうか」という顔をした。

「王都ではどうか分からないけれど、この街の食堂はどこも先払いだから」

 お金!そうだ、お金も自分で払わないといけないのよね!ポッケの硬貨をひっつかんで出す。

「「これで」」

 テーブルの上にアルと同時に硬貨を置いた。

 それを見て、給仕さんが驚きの声を上げた。

「え?いやいや、王都ではこれが普通なの?それとも、王都の食堂って金貨で支払わないといけないくらい高いの?」

 私が出したのは金貨。アルが出したのも金貨。

「うはー、お嬢ちゃんたち金持ちだねぇ」

 相席のおじちゃんが目を丸くした。

 はうっ!やばい、公爵令嬢ってバレちゃまずい。いや、お金を持っているくらいでバレないとは思うけど……。

 でも、変なのに目をつけられるわけにはいかないっ!

「あの、私たち向かいのあの店舗でお店を始めるために王都から来たんです!このお金は開店資金で、全財産なんですっ」

 えへってごまかすために笑ってみる。

「わぁ!ご近所さんになるんだね!私、この店の娘でライカよ。よろしく!」

「あ、リリィーとアルです。よろしくお願いします」

 と、自己紹介を済ませると、店の奥から声が聞こえて来た。

「おーい、ライカ、注文取るのにいつまでかかってるんだ、運ぶもの溜まってるぞ!」

「あっと、いけない。金貨だとおつりが用意できないから、今度からはせめて銀貨でお願いできる?特別に、今日の分はつけとくから今度でいいわ」

 と言うと、ライカさんは給仕の仕事に戻った。

「お嬢ちゃん、店を始めるって?何の店をするんだい?」

 相席のおじちゃんが話しかけてくれた。

「代筆屋です!」

「代筆屋?なんだいそりゃ?」

「文字を書けない人のために、代わりに文字を書く店です!好きな人にラブレターを送ったり、遠くにいる人に手紙を送ったりできますよ!」

 おじちゃんと話をしている間に、注文したランチが届く。

 具がたっぷりのシチューとパンと果物だ。

「おお、そりゃいいや!うちのかみさんも一度はラブレターもらってみたいって言ってたからなぁ。ご機嫌取りに渡してみるのいいかもな」

 あら、好感触じゃない?

「おいおい、お前のかみさん、文字読めないだろう?」

「そうだった、そうだった」

 おじちゃんたちは愉快そうにがははと笑いながら会話を続けている。

 そうだ!書ける人が少ないのと同じように、読める人も少ないんだ。……どうしよう……。

 ラブレターあげても、受け取った人が読んでくれないんじゃぁ……どうしようもないよねぇ……。全然考えてなかったよ。


 代筆屋の建物に戻ると、カウンターの前に人の姿があった。

「あっ、リリィーお嬢様お待ちしておりました!」

「あの、どなたですか?」

 肩の下あたりまで伸ばしたまっすぐな茶色の髪を、後ろで一つに束ね、銀縁のメガネをかけた青年。

 あっさりとした顔だけど、とても整っている。イケメンだ。

「はい。エディと申します。ロゼッタマノワールの番頭でした」

「でした?」

「ええ、私はリリィお嬢様の手助けをするために来たのです。ですから、お嬢様のいないロゼッタマノワールの番頭はやめて、今日からこちらの店の番頭を務めます」

 えっと……。

「番頭って、店の帳簿を管理したりする人だっけ?」

「ええ、帳簿はもちろんのこと、領地運営で培ったノウハウで在庫管理から顧客獲得戦略、新規事業立ち上げ、何でもお手伝いさせていただきます!」

「領地運営?」

 エディが私の質問に一瞬だけ狼狽えた。

「とある領主の元で領地運営のお手伝いをさせていただいておりました」

「へぇー、そうなんだ。その若さで領地運営の手伝いをするなんて、エディは優秀なんですね。では、早速相談があるんですが……私もアルもお金勘定が苦手で……」

 とりあえず、お客様と話をするために用意した椅子に腰かける。私の隣にアル、向かいにエディという形だ。

「何なりと、お嬢様」

「あ、まず、そのお嬢様はやめてね。リリィーでいいわ。えっと、ガッシュの街にいる限り、身分の上下は考えないようにしましょう?店の経営に関しても、言いたいことが言いやすい関係の方がいいわよね?」

 エディは、ニヤリと口元に笑いを浮かべて、アルを見た。

「分かりました。”リリィー”がそうお望みなら、身分は関係なく勝負させていただきます。”アル”もよろしいですね?」

 やけに挑発的な口調で、アルに話しかけるエディ。

「ああ」

 アルがエディを威嚇してる?

 勝負って何?売り上げでも競うの?

 私も負けてられない!

「では、金勘定が苦手で生活力の低そうなアルにはお茶でも運んでもらおか?」

 というエディの言葉にアルが立ち上がった。

「いいでしょう。生命力あふれる鍛えた体の僕は、お茶を運ぶことなど容易ですからね!」

 あれ?にらみ合ってるようで、何だか私には分からない意思の疎通がなされてるみたい。

 もしかして、幼馴染とかなんか、仲良しさんだったりして?小説でもあったなぁ。いつも憎まれ口をたたきあってる親友とか。


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