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焼き印の他に、ハンコも作っているそうだ。
「一つ作るのに、相当かかるよ。小さな物ならなおさらだなぁ」
と言われた。
工房ではシーリングスタンプ……手紙の蝋封をするための印を作っているところを見せてもらった。
確かに、一つの金属印を作るのに、とても手間がかかるようだ。
「あれは、何をしているんですか?」
すこし離れた場所では土をこねている人がいた。
「ああ、これを作っているんですよ。陶印と言って、商人の間で使われているハンコです。金属で作るよりも早く安価でできます。ただ、金属のものに比べて壊れやすいし偽造されやすいから、貴族の間ではなじみがないかもしれませんね」
「陶印?」
土は、陶器を作るための粘土と同じもののようだ。こねて、空気を抜く。必要な大きさを糸で切り取る。
そして、印となる面の土を削り取り形を作る。それを、窯でやいて作るそうだ。
焼き上がった印に、インクをつけて紙に押し当てている人の手元を見る。
ポン、ポン、二つ、三つと同じ文字が押されていく。「マルコ」とかかれている。ただし、すこしずつかけた部分があったりして、金属印よりも不鮮明な印象だ。
出来上がりの確認が終わると、職人さんはハンコについたインクを綺麗に拭う。
そして、ハンコの上に小さな紙を被せ、黒いインクが染み込んでいる小さな固まりを紙の上にぽんぽんと押し当てた。
「何をしてるんですか?」
職人さんは、黒い固まりを置いて、紙を見せてくれた。マルコの文字が、逆さまになっている。
陶印に掘られた文字が逆にならずにそのまま写ったのだ。
「同じものを頼まれることがありますから。こうして彫った形を残しておくんですよ」
逆さまにならない……。
「これは、にじまないんですね」
メイシーが、先ほどぽんぽんとしていたものに興味を持ったみたいだ。
「ああ、これは普通のインクとは違うんですよ。煤を油で固めに溶いたもので……おもしろい使い方もできるんですよ」
職人が見せてくれたそれに、私とメイシーは気がついてしまった。
これだ……と。
「あの、お願いがあります!」
私とメイシーは次の日から工房に通って実験を繰り返した。
「できた……」
「やりましたね、リリィー……」
「うん、できたよ、メイシー!」
「エディ!見て!」
紙の束を抱きしめて屋敷に戻る。
エディは、執務室で手紙を見て難しい顔をしていた。
「エディ、どうしたの?」
すぐにメイシーと作ったものを見せたかったけれど、あまりに真剣な顔をしているから後にした方が良さそうだと抱きしめていた紙を背に隠した。
「王が、譲位の意思を固めたらしい」
え?
王が譲位するってことは……。
「第一王子が即位?」
私の後ろにいたメイシーが息を飲んだ声が聞こえた。
「もしかして、側室探しが始まるの?」
メイシーが側室候補に上がる可能性が出てくる。私は、エディと婚約しているから候補に上がる可能性は少ないだろうけれど……。
「いや、始まるのは、側室探しではなく、皇太子妃探しだ」
は?皇太子妃?何それ?
「第一王子は、側室を持つ気はないらしい。そのため、第ニ王子を養子に迎え皇太子とするそうだ」
第二王子……生きて、表舞台に出られるくらい健康になったんだ……。
よかった。
一人目の婚約者だった第二王子を思い出す。ベッドの上にいつも寝ていた記憶しかない。顔は、どんなんだったかなぁ……。
私が昔のことを思いだそうとしていると、メイシーが声をあげた。
「側室どころか、皇太子妃探しですか……それって、将来の王妃……。わ、私、全然、関係ない……です、よね……」
メイシーが動揺しているのを、追い撃ちをかけるようにエディが手紙をメイシーに渡した。
「適齢期の未婚貴族令嬢で無関係な人間はいないだろうな」
「でも、第二王子って……」
メイシーが何かを言おうとして慌てて言葉を切って口をふさいだ。
エディが、静かに椅子から立ち上がる。
「メイシー、少しいいかな。聞きたいことがあるんだ」
エディが、メイシーを連れて部屋を出て行った。
えっと、あれ?なんで?
もしかして、すでにメイシーに対して側室候補的な打診が来てる?
第二王子は私の元婚約者だったわけで。私の侍女をしているメイシーなら、信用がおける人物であることは間違いないし……。私とメイシーが仲が良いのは伝わっているだろうから、私と婚約破棄したことなどの確執も解決できるとかいろいろとあるのかな?
その日、メイシーは戻ってこなかった。
代わりの侍女が身の回りの世話をしてくれた。どうしたんだろう、メイシー。
「メイシー大丈夫?」
次の日の朝にはいつも通りメイシーが起こしに来てくれたけれど、顔色が悪い気がする。
「はい、大丈夫ですよ」
大丈夫って言っている割には、笑顔もぎこちない。
朝食後、珍しくエディに呼び止められた。
「リリィー、そういえば昨日は何かを見せたかったんじゃなかったのか?」
エディに言われて、昨日メイシーと成功したあれを部屋から持って来た。
「メイシーと一緒に作ったの!見て!」
紙の8割が黒く塗られた紙。
煤を油で練った特殊なインクで色を付けたものだ。
「これは、白抜きの文字で歌が書いてあるのか?」
そう。8割は黒い。残りの2割は余白と文字だ。
「そうなの。陶板印で作ったの!」
「陶板印?」
エディが初めて聞く単語に首をかしげる。そりゃそうだ。私とメイシーが作り出したんだから!
「陶器のハンコを改良して作ったの。粘土を薄く広げ、糸で平らにするの。そこに、彫刻ペンで文字を書くのよ。書くというよりは掘るんだけど。そして、余分なカスを取り除き、焼くと、巨大な陶器のハンコができるっていうわけ。これを、陶板印って呼ぶことにしたの。陶板印はハンコのようにインクを付けて押すんじゃないの。紙をのせて特殊な油インクを乗せるの。そうすると、へこんだところにはインクがつかないから、文字が浮き出るのよ」
「なるほど、考えたな。紙を上に乗せるのであれば、陶板印を持ち上げる必要もないから重たくても平気なわけだな。落として割れる心配もしなくていいのか。文字も、逆文字にせず、普通の文字を書き込めばいい」
「そうなの。木の板を彫るのに比べて、粘土ならさほど力もいらないし、間違えた部分に粘土を埋め込めば修正もできる。焼くときに割れたりして失敗することもあるけれど……1つ完成すれば、あとは紙をのせてインクをつけるだけだから、文字を知らない人に作業してもらうこともできる。これで、文字を覚えるための歌を書いた紙をどんどん作ることができるわ!」
ご覧いただきありがとうございます。
陶器でできた陶印というものは存在します。また、凹んだ部分の白抜き文字の印刷は「拓本」を参考にしております。拓本の形が印刷へと発展しなかったのは少し不思議な気がしています。理由があるのかな?調べたけれどよくわかりませんでした。




