タズリー伯爵領都へ
すでに手紙で事前に知らせてあることもあるせいか、両親への報告はあっさりしたものだった。
王都には1週間ほど滞在して、エディの領地へと出発。
見送りに立ったお母様がお父様にドヤ顔を見せている。
お父様に何かささやいているが、そこ言葉は私の耳には聞こえなかった。
「ほらね、だから言ったでしょう?「娘は、自由にするふりをして手の平で転がすもの」だと」
エディの領地に着いた。
王都から馬車で10日ほどの距離だ。
「お疲れでしょう、まずはごゆっくりお休みください」
トーマスさんが笑顔で出迎えてくれた。
その両脇にはずらりと使用人が並んでお出迎え。涙ぐんでいる人の姿も何人かいる。
年を取ってはいるが、見覚えのある顔だ。昔エディと婚約していた時にお世話をしてくださった人たちだ。
身の回りの世話は、連れてきたメイシー一人でいいと言って部屋に入って休む。
「はー、長旅だったぁ」
「そうですねー」
ばたんとベッドの上に転がる。
「メイシーもまずはゆっくり休んで」
すぐに使う着替えなど必要なものをクローゼットや化粧台に片づけるだけ片づけて、メイシーもソファに腰を下ろした。
ベッドに寝ころびながら、ぼんやりと馬車から眺めたエディの領地を思い出す。
のんびりした田舎だった。
そう、人々がのんびりとしている。殺伐としている感じではないのだ。
エディの屋敷のある領都の街も、規模こそ王都やウィッチ公爵領都に比べれば小さいものの、活気がある良い街だと思う。
エディは間違いなく、よい領主なんだろう。
私は、いい旦那様を選んだ。
間違ってない。
「さぁ、そろそろ準備をいたしましょう。久しぶりにエディ様にお会いするのですから目いっぱい磨き上げないといけませんからね!」
鏡に映った、着飾った少女。
あなたの選択は間違ってないんだよ。
なのに、なぜ、そんな寂しそうな顔をしているの?
「綺麗だ、リリィー」
階段の下でエディが待っていてくれた。
執筆屋の時とは違い、貴族らしい装いだ。明るいグレーを基調とした上着。銀の糸で襟元に刺繍が施してある。
エディの端正な顔をさらに引き締まったものに見せている。
「エディも、素敵ね」
「ありがとう。貴族っぽいだろ?」
「ふふっ。そうね、私も今日は公爵令嬢っぽいでしょ?」
エディの冗談に笑って答える。
大丈夫だよね?笑えてるよね、私?
「いいや、とても公爵令嬢って感じじゃないな」
エディが、ポケットから何かを取り出した。そのまま、手を伸ばして私の首筋にそれをつける。
あ、ネックレス。視線を落とすと、きらきらと光を反射した金の鎖に緑の宝石が付いていた。
「ほら、エメラルドの精霊のできあがりだ」
エメラルド……。
「リリィーの瞳の色だ」
笑え。
私、笑って、エディにお礼を言うのよ……。
「ありがと……う」
私の瞳。エメラルドのようだと言われるよりも、新緑のようだと言われる方が嬉しいって……。
アルのこと思い出すなんて……。
顔を上げると、エディが困った顔を見せた。
「感激しすぎだ」
エディが手を伸ばして、私の目じりをすっとなぞる。
涙が出てたの?
「さぁ、食事にしよう」
「せっかく来てくれたんだけれど、2週間ほど領地を見て回る予定が入ってるんだ。そのあと10日ほど屋敷で仕事をしてから、今度は王都に2か月ほど行かなければならない」
音を立てずに食事をすすめる。
貴族らしい上品な食べ方だ。エディはその中でも特に所作が美しいって思う。
私も、粗相のないよう、ゆっくり食事を口に運ぶ。
……エディの屋敷に努める人たちが私に注目してるので、非常に緊張するよっ。まぁ、食事の配膳一つとっても、出すタイミングや量。それに好みの味などを把握しないといけないから、見るのも仕事の内だし、しばらくは見られるのも私の役目なんだけどさ。
アルと2人でライカさんのお店で気楽に食事をとっていたことが懐かしい。
……。ああ、また思い出しちゃった。
「リリィはゆっくりしてくれ。何もない領地だが、図書室にはそれなりに本がある。領都を見て回りたいというのであれば、トーマスに相談してくれればいい」
それなりの本がある図書室?
それは楽しみ。
次の日、エディが領地の見回りに出掛け、私とメイシーはさっそく図書室へと足を運んだ。
「どんな本があるかしらね!」
本は、一冊ずつ写本して作るため数が少ない。そのため、よほどの人気作品でもないかぎり、国中いきわたることは少ない。つまり、地域差が大きいっていうことで。
「うわー、読んだことのない本がいっぱい。メイシーどれから読もうか?」
「私は、このあたりの本から読みます。リリィーの好きそうな本があったら教えますね!」
棚にいっぱいの本。
半分くらいは歴史や政治など物語以外の本だったけれど、半分は物語だ。私の好きな恋愛小説と思われるタイトルも並んでいる。
およそ3時間後。
号泣するメイシーの姿があった。
「リリィー、これ、この本、すごく、すごくいいよぉー。うううっ、ああ、絶対読むべき、読んで!」
そして、号泣する私。
「こっちの本もめちゃめちゃよかったよ、メイシー、次はこれ、読んでね」
と、お互いの本を交換して読み始めたところ、侍女に呼ばれた。お昼ご飯だって。
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