プロポーズの行方
次の日の午後、エディが到着したというので、ティータイムを一緒にすることにした。
いつもは、私とメイシーとエディとアルの4人でお茶をしていたけれど……。アルと顔を合わせるのはつらい。
だけど、メイシーとエディと3人でお茶をすると、アルだけ仲間外れにしたようで気持ちが落ち着かないのでエディと二人でお茶することにした。
まずは、王都に戻ること。その際、代筆屋と代読屋は誰かに続けてほしいことを相談した。
「そうですね、正直なところ代読屋に関してはもうけは出ていますが、代筆屋は難しいでしょう。ですから、縮小して代筆屋と代読屋を一つの店にすればなんとかなるでしょうね」
エディが、どんどんと問題点や改善方法を上げていく。
やっぱり、エディはすごい。有能だ。
きっと、領地の経営の手腕もすごいのだろう。
……。
一通り、代筆屋の話を終えると、沈黙が流れた。
「エディ……、その、事件の話は、聞いた?」
エディはいつも通りの態度。
もしかしたら、何も知らないかもしれないと思って尋ねてみた。
エディは少しだけ眉を上に上げると、何でもないことのように口を開いた。
「ああ」
とだけ。
大変だったねとも大丈夫だったかとも言わない。
なんでもないことだったんだって。大変なことでもかわいそうなことでも、大丈夫じゃないことでもないって言われてるようで少し気持ちが楽になる。
「トーマスから聞いた」
そうか。トーマスさんがいたんだから私が行方不明になった騒ぎは耳に入るよね。
また、沈黙が流れる。
「前に、エディが言っていたこと……こんなことがあったけれど……まだ有効?」
遠回しな言い方に、エディが首を傾げた。
「婚約……」
ぼそりと小さな声でつぶやく。
「リリィー!」
エディが椅子から立ち上がり、私の手を取りひざまずいた。そして、手の甲にキスをする。
「結婚してください」
エディのプロポーズ。
「ほ……本当に、私なんかでいいの?」
私の言葉に、エディが笑った。
「私なんかじゃない、リリィがいいんだ」
エディの言葉に嘘は感じない。
「なぜ?だって、私……。もし、事件のことが世間にばれれば……エディは何を言われるか……」
エディが、声を上げて笑い出した。
「もう、いろいろ言われてるからな、俺は。犯罪者の息子だからな。くっくっく」
確かに、エディの父親は犯罪を犯したけれど……でも、エディは悪くないのに……。
「リリィーのあの事件も、俺がリリィーと結婚して公爵になりたくて起こしたって言われるようになるかもな!そうすれば、リリィーには同情が集まる。うん、それはいい」
「よくないよっ!エディはそんなことする人間じゃないんだもん。私と結婚することでエディがそんなこと言われるなんて……私には……」
耐えられないと伝えようとした口を、エディの指が止めた。
「リリィーはいつも、優しい」
え?
「昔から、自分のことよりも人の心配をする……。変わらないな」
変わらない?
一体、何の話?
「父が横領で捕まるという話を聞いた時……俺が何を思ったのか分かるか?」
ああ、あの時のこと。
「当然、リリィとの婚約も解消されるだろうとは分かっていた。俺は、君が好きだったから……だから……君を傷つけた」
え?
「俺の小さな、くだらないプライドのために、幼い君を傷つけたんだ」
私、傷つけられたっけ?
ショックは受けたのは覚えている。だけど……。
「婚約破棄を言い渡されることに耐えられなかった。だから、自分から破棄した。俺は、婚約破棄されたんじゃない。破棄してやったのだと……。君が婚約破棄が2度目になると知っていながら……。君が傷つくのを知っていながら……俺は、俺のプライドを守るために君を傷つけた」
……。知らなかった。私、何も知らなかった。
婚約なんて形ばかりのもので、そこに気持ちがあったなんて知らなかった。
好きでいてくれたのも、あの時エディがいっぱい傷ついていたのも……。
「ごめんなさい……」
「何を謝る、謝るのは俺だ、リリィ……」
エディの手が、私の頬に添えられた。
「小さなプライドを守るために、なんと馬鹿なことをしたのだとずっと悔やんでいた。リリィは、公爵に口添えしてくれたのだろう?傷つけた俺のことを……エドワードにひどいことしないでと……」
ああ、覚えている。
エディと一緒に訪れていたエディの父親。タズリー公爵が捕縛され、投獄されたと聞いたからだ。
その時呼んでいた本に、無実の罪で投獄された主人公の恋人がが拷問されるという描写があった。エドワードがそんな目にあったらどうしようって。いつも笑顔で、一緒に遊んでくれた優しいお兄さんが拷問されるのを想像したら怖くなった。一人っ子の私は、本当のお兄さんのような存在になっていたから……。
「男なら、自分のプライドを捨ててでも好きな子を守るべきだった。もう、俺は後悔したくないんだ、リリィ」
好き?
エディは私のことを、本当に好きでいてくれるの?
でも、私は……。
エディに気持ちを返すことができない……。
「エディのことは、兄のようにしか……」
ぽんっと、エディの手が頭の上にのった。
「そうか、嫌われてないなら十分だ!」
「エディ?」
「言ったろ?利用しろと。俺は、リリィーが幸せになれるなら何でもするさ。俺を利用してリリィーが幸せになれるならそれでいい」
そんな……。
エディを利用するなんて……。
「リリィーは優しい。どうせ、俺を利用することを悪いと思ってるんだろ?」
図星だ。
「遠慮するな。俺も、この状況を利用しているんだから。リリィーと一緒に過ごす時間を作るために利用してる。一緒に過ごせば、俺のこと好きになるさ」
「エディ……、本当に……いいの?」
「リリィ、一つ忘れてないか?俺たちは貴族だ。政略結婚なんて当たり前の世界に生きてるんだぞ?嫌っていようが、憎しみ合っていようが結婚することなんてざらだろ?」
まぁ、だからこそ、既婚女性も男性も愛人には寛容なわけなのだが……。何かゆがんでるよね。
「それが、兄のようにとはいえ、嫌われてないなら上等だ。それに、リリィーはいつかきっと俺を好きになるからな」
そうなのかな……。
「そうかも……しれない……」
エディは素敵な人だもの。
アルのこと忘れたら、エディのこと好きになるかもしれない。
ふっ。
好きになれるとかなれないとか、そんなことをまだ考えている自分がおかしい。
「でも、エディ」
私は、エディに伝えようとしていたことを思い出す。
意を決して、エディの紅茶色の瞳をまっすぐ見た。
「私、公爵令嬢として、公爵領に住む人たちを守りたいの。だから、結婚するなら好きな人よりも公爵領を守ってくれる人を選びます」
それが、公爵家の一人娘として生まれた責任。
「エディは、公爵領を、公爵領に住む人々を守ってくださいますか?」
エディはニヤリと自信ありげに笑った。
「もちろん。リリィーを取り巻くすべてのものを含めて、力の限り守っていくさ」
幼い時から伯爵家当主として領地を守り発展させてきたエディの言葉だ。
疑う余地はない。
「エディ……いいえ、エドワード・ディル・タズリー伯爵、あなたのプロポーズをお受けいたします」




