プロポーズ
コポコポコポ。
メイシーがティーポットからカップにお茶を注いでくれる。
今日は、私の好きなローズヒップのようだ。ふんわりと花の香りが広がる。
ベッドで上半身を起こす。
それから、思ったほど体の痛みがないことに気が付いたので、そのままベッドを下りて、メイシーがお茶の用意をしているテーブルまで歩いて行った。
「リリィー、大丈夫なの?」
「うん、平気みたい」
あれから、3日。
壁にかかった鏡に映った顔を見る。腫れあがっていた頬も元通りだ。幸い、痣になることもなかった。
馬車から落ちたときに打ち付けた体の痛みは翌日には引いていた。
肩の切り傷だけは、まだ包帯が取れない。動かすと痛みが走る。だけれど、熱も出なかったし、大したことはなかった。
代筆屋も代読屋も休んでいる。
これからどうするのか……。
3日間、ただぼんやりとベッドの上で過ごしていた。
メイシーがそばにいてくれるけれど、何も言わない。
何も、聞かない。
まるで、あの日のことは何もなかったかのように、話題にしない。
……。
少女たちが、ライカさんがどうなったのかも聞いていない。きっと、無事何だろうとは思うけれど……。
このまま、肩の傷がいえれば、本当に何もなかったことにして元の生活に、4日前までの生活に戻れるだろうか?
無理だろうとわかってはいる。けれど……あの日々に戻りたい。
3日間考えた。
この痛みは、領民のことを考えていなかった私への罰だ。
好きな人を探して結婚するなんてわがまま。そりゃ、貴族だって恋愛結婚する。だけど、相手は市井の人間じゃない。
いや、もちろん、貴族に見初められてお輿入れする市井の女性はいる。
だけれど、私は女で、結婚相手は男だ。公爵領の領地経営をしていかなければならない。貴族としてどうあるべきか、領地経営とはどのようなものか、そのための人脈がどれほどあるか……知識も経験も常識も覚悟も能力も人脈も人望も……。必要なことはたくさんある。市井の人間は貴族が通う学校で基礎的な勉強すらしていないのだ。
……。自分の恋のために、領地を、領民を犠牲にする気なのか……。なんて、馬鹿なことを……。
お父様が今まで私の婚約者にと探してくださった人は、それなりの人なのだろう。
ノックの音に入室許可の返事をすると、アルが入ってきた。
呼びに行ったメイシーはアルのお茶でも取りに行っているのかいない。
アルは、誰が整えたのか前髪がきれいに後ろに流されていた。
なんだ……。私がピンでとめる必要ないね……。
アルの表情は暗い。寝込んでいた私以上にやつれているように見える。
「アル、助けてくれてありがとう」
できるだけ自然にと、微笑む努力をする。
もう、心配しなくていいよ。私は起き上がれるようになったしと伝えたかった。
だけれど、うまく伝わらなかったみたいで、アルは苦痛にゆがめられたような表情を見せた。
「僕のせいだ……。僕が、リリィーの元を離れたから……」
ああそうか。
アルは、それを悔いているのか……。
「いいえ、別の護衛をちゃんと連れて行きましたし。仕方なかったのです」
小屋にはもっと男がいたし、アルでも同じように倒されたかもしれない。
そうすれば、代筆屋に残した紙から私を見つけ出す人がいなくて、手遅れになっていたかもしれない。
「むしろ、ああしていち早く駆けつけてもらえて感謝してます。アルだから、私をあんなにも早く見つけてくれたのでしょう?」
私の言葉に、アルはもっと苦しそうな顔になった。なぜ?
アル、自分を責めなくていいのに。
私は、そんなに大した怪我を負ったわけじゃないよ?
それに……私は、汚されてない。
だから、アル、苦しそうな顔をしないで……。笑って。青空のような瞳を輝かせて?
アルは、私の前に片膝をついた。
「リリィー、どうか……」
私の手を取る。
ああ、なんてことだろう。アルのこの体制は……。
「僕と結婚してほしい」
アル……。
ねぇ、アル、プロポーズするなら、そんな悲壮な顔しないで?
私……アルのことが好きだよ。
でも、そんな顔でプロポーズされても……、私……。
はいともいいえとも言えない。
「痛っ」
本当は痛くないけれど、肩の傷が痛んだふりをして声を上げる。
「あっ、ごめん」
アルが慌てて手を放す。
「メイシーを呼んでもらえるかな?」
「すぐに!」
アルが焦って部屋を出て行った。
そしてすぐにメイシーを伴って部屋に戻ってくる。
「リリィー様、大丈夫ですか?」
「ええ、包帯を変えてもらえる?」
そう言えば、アルは部屋を出ていくしかない。
ありがとう、アル。
私のことをあんなに思ってくれて……。
でも……。
土日は更新がお休みです。次回は24日になります。
お読みいただきありがとうございます。恋愛モード突入です。




