3つの数字
「さぁ、では看板付けに行って、昼食にしましょうか」
ちょうどお昼少し前。アルが書きあがった看板を手にやってきた。
立ち上がって、一緒に店を出ようとしたところ、レイモンドさんが慌てた様子で入ってきた。
「頼みがあるんだ」
依頼?
「リリィー、じゃぁ、看板付けは一人で行ってくるよ」
と言った後、アルがふと顔を寄せて耳元で囁いた。
「店から出ないように。大声を出せば、別の護衛すぐに駆けつけてくるから」
護衛がいるということをレイモンドさんに聞かれないようにと、耳元で声を潜めたのは分かる。
けど、アル、心臓に悪いよ。もう、ドキドキしっぱなし。アルの息が届く距離で話をされるなんて……。
「お待たせしました、レイモンドさん。頼みとは?」
「ああ、これは、なんて書いてあるんだ?」
レイモンドさんが手に握りしめていた紙を取り出した。
「ライカがまだ戻らないんだ……心配して探していたら、ライカに頼まれたと子供から渡されたんだ」
「ライカさん、まだ戻らないの?」
レイモンドさんから紙を受け取り、広げる。
紙には、ライカさんに教えた文字が書かれていた。たったの二文字。
「き」と「す」だ。
なぜ、こんなものを?
「ライカさんが、この手紙をレイモンドさんに渡すように子供に頼んだ?」
私の質問に、レイモンドさんが早口で答える。
「子供が言うには、ライカからだとうちに届けるようにと、身なりの良い男に頼まれたそうだ」
身なりの良い男?
「それで、なんて書いてあるんだ?」
「こちらの文字が「き」で、こちらの文字が「す」です。ライカさんに教えた文字はこの二つだけなので……この手紙がライカさんからというのは本物っぽいです」
私とアルとライカさんしか、何の文字を教えたのかなんて知らないはずだ。もしかすると家族や友人に話しているかもしれないけれど……。でも家族であるレイモンドさんが読めないというんだから、誰かに話をしている可能性は低いってことだよね。
なんで、ライカさんが書いた手紙を男は子供に届けさせたんだろうか?
「好きだと書いてあるのか?そうなのか?……ああ、なんてことだ……」
レイモンドさんが頭を抱えた。
手紙には「きす」と書いてある。それを、なぜレイモンドさんは「すき」だと書いてあると思ったのだろう。
「手紙を持って来た身なりのいい男は貴族だったに違いない……。ライカまで、貴族と駆け落ちしたのか?客で来ていたあの男か?」
カールさんのこと?
ライカさん、別にカールさんを好きだったような感じじゃなかったけどなぁ?
ちょっと変なんだよねって怪しんでたくらいだし。
いや、でもごまかしただけで、本当はカールさんに「好き」って伝えようとしてた?
うー、わからない。女の言葉や態度がその通りでないことはるわけだし……。
うんうんとうなってレイモンドさんは帰っていった。
ライカさんが駆け落ち……。
いくら、駆け落ちした人が続いてるからって……。ライカさんまで?
だけど、なぜライカさんは手紙を?手紙を渡すくらいなら、その子供に伝言を頼めば済んだんじゃない?
「心配しないで、幸せになります」とか、簡単な言葉なら子供にだって伝えられるよね?
間に身なりの良いという謎の男が入ってるから、ライカさん本人からの言葉だと証明するために手紙?
いやでも、筆跡で誰か判断するのに2文字だけでは……。
「きす」という言葉に意味があるの?
「!」
まさか……!
ライカさんは「すき」ではなく、わざと逆に書いた?
ライカさんとした会話を思い出す。
「逆だな」
「え?逆?まさか、嫌いって書いちゃったってこと?」
……。ライカさんがそれを忘れて「好き」を「きす」と書くことはないよね。じゃぁ、あえて「きす」と逆に書いたとしたら……。
「嫌い」という意味で。
好きな人といるのではなく、嫌いな人と一緒にいる?
それが、身なりのよい男?
なぜ、嫌いな人と一緒にいるの?手紙を託したのはなぜ?
まさか、まさか、まさか……。
誘拐?
駆け落ちに見せかけて、ライカさんは連れ去られた?
助けを呼びたくて暗号めいた手紙を?
「好き」って文字だけはかけるから、それを家族に届けてとかなんとか言って、書いた?犯人としても「好き」って内容なら駆け落ちに見せかけるためにはちょうどいいと許して届けた?
でも、だとしたら、なぜライカさんはさらわれたの?
誰にさらわれたの?
ライカさんと接触のある身なりの良い男は、少ないのだろう。レイモンドさんが一番にカールさんを疑ったわけだし。
もし、犯人がカールさんだとするとなぜ?ライカさんが好きになって自分の物にしたかった?
……その割には、いくら文字が読めないからって、ライカさんに文字を書いて見せられた時に逃げるようにして去ったりしないよね?
あれ?
文字が読めないのがバレたと思って逃げたんだとしたら……。
そのことを知られてライカさんに秘密をしゃべられたらまずいと思った?
え?
でも、それなら、代筆屋に来たら、私にも文字書けないのばれちゃうよね?
文字もかけない、貴族らしい立ち振る舞いもできない、貴族風の男のカールさん……。本当に貴族?貴族のふりをしていた?
貴族じゃないということがバレそうになって、困ったことに?
え?
なんで、貴族のふりしてたの?
そういえば、料金を支払うときにわざわざ金貨を出して見せたけれど……あれはお金を持っていると見せかけるため?
そう考えれば……。
カールさんは貴族じゃない。
カールさんから預かった手紙の写しを取り出す。
この地図を取りに来た怪しい男……。貴族のふりをしていたカールさんの直接の知り合い?取りに来た男は何か言っていたっけ?
少ないなと言っていた。あとは、地図に書かれた文字がなんという意味なのか尋ねられただけだ。
待って、何を見て、少ないと言ったの?私はあの時、枚数かと思ったけれどそうじゃなかったら?何?
地図に書き込んである情報が少ない?
文字が少ない?
あとは、数字?
16と17と13の3つ。
16が少ない?17が少ない?13が少ない?
それとも、数が3つが少ない?
「あれ?この3つの数字……どこかで……最近……何かに共通……」
あっ!
まさか、そんなっ!
手から紙が落ちる。
もし、私が今考えた通りであれば……。
すぐに店を飛び出そうとして、いつものようにアルがいないことに気が付いた。
急いで、ロゼッタマノワールにいる護衛を一人呼び、馬を出してもらう。
馬にまたがり、西門を通り領都の外へ。




