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婚約破棄三回された公爵令嬢の代筆屋  作者: 富士とまと


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37/51

さぐり

 次の日、廊下の突き当りのタペストリーの前で大きく深呼吸。

 意識しすぎて変な動きをしませんように。好きな気持ちを楽しもう。

 タペストリーをめくって、その奥のクローゼットの扉を開ける。

「おはよう、リリィー」

 アルがいつものように笑顔で、ピンを差し出した。

 アルの笑顔は、寒い日に食べる温かいシチューみたいだ。心の奥がほんわりと温かくなる。大きくてごつい手のひらに、小さなピンを一つちょんっと乗せた手を差し出すのって、可愛いかもしれない。よくなくさずにすんでるなぁ。

「おはよう、アル。今日も代筆屋がんばろうね!」

 私、アルが好き。不思議なことに、好きということを肯定して、意識することも楽しもうと思ったら、焦って変な行動を抑えることができるようだ。

 アルの手の平からピンをつまみ上げる。あ、指先が触れた。ドキドキ。ラッキー接触?ふふ。

 前髪をかきあげると、アルの男らしくて優しい目元が現れる。この顔、大好き。私だけがこうして、前髪を上げた顔をまじかで見られるんだよ?ラッキー。……ああ、違うか。アルの好きな人も……かな。好きな人とはもう、恋人同士なのかな?あれ?まずは、そこから確かめないと。もうすでに婚約してたり、婚約間近だったりする恋人関係なら、アルを忘れる努力を始めないと。時間は有限だし、1年半ちょっとで別の人好きになるんだっ!

「今日こそ、たくさんお客さんが来るといいですね」

 アルがクスリと笑った。

「ふふ、大丈夫よ。ウィーチェルさんっていう力強い宣伝大使をゲットしたんだもん。きっと少しずつ増えるはずよ……たぶん……」

「たぶん、ですか。増えるといいですね」

 って、軽口をたたきあってる場合じゃない。確かめなくちゃ。

「アルはどうなの?好きな人に、ラブレターを書いたりしないの?ラブレターって恋人や婚約者にも贈ったりするものでしょ?」

 流れ的に、不自然な質問じゃないよね?

「ええ、そうですね……付き合うようになっても、婚約しても、結婚しても、ずっとラブレターを贈りあえるといいなぁとは思います」

 今の言葉だと、まだ付き合ってない?片思いってこと?

「アル、告白しないの?」

 首をかしげて尋ねれば、アルは少し困った顔を見せた。

「もう少し、自分を売り込んでから気持ちを伝えます」

 アルはそのあとに言葉をつづけた。

「まだ、時間はありますし」

 ちょっ、待って!時間があるって、いったいいつ告白するつもり?

 恋人同士になったなら私はあきらめられるし、振られたなら私は頑張るし……って、アルがその人に告白してくれないと動けないんだけど!

 私にはそんなに時間がないんだよ!もっとガンガン売り込んで告白しちゃってください!

 って?あれ?そもそも、アルはいつ、その人に会って自分を売り込んでるの?……見たことない。えー、まさか!仕事が足かせになってる?

「アル、代筆屋と護衛の仕事、もう少し休みを増やしましょうか?えっと、そうね、半年に一度くらいは1か月くらいまとまった休みがあってもいいかもしれないわね?……ね?」

 休みをあげるから、その人に会って関係をはっきりさせておくれ!

 と、休みを提案したら、アルの瞳が揺れた。

「リリィーは……僕が一緒にいたら迷惑なの?」

 シュンと尻尾を垂れた犬のような表情をする。うわー、きゅんとか心臓が変な音たてた。

 カッコイイから好きとか、そんなんじゃないんだね。好きっていうのは……どんな仕草も愛おしく思えちゃうんだ……。そうか、憧れはかっこ悪いところ見るとがっかりするけど、好きはかっこ悪いところみても可愛く思えちゃうんだ……。いや、今のはかっこ悪いわけじゃないけど。

「ちっ、違うよ、全然迷惑じゃないけど、でも、休みがないと、好きな人に会いに行く時間もないんじゃないかって……」

「大丈夫。毎日のように会えてますから」

 え?

 いつの間に?

 代筆屋の営業時間終わって、私がロゼッタマノワールの部屋に戻ってから会いに行ってる?

 護衛任務は交代してるだろうから問題ないとはいえ……毎日会いに行くなんて、もう付き合ってるって言ってもいいくらいの仲だったりする?

 考え事しながらぼーっとしながら歩いてたようだ。

「リリィー危ないっ!」

 アルのたくましい腕が私の腰に回され引っ張られる。

 目の前には階段。足を踏み出しそこなったのをアルが助けてくれたのだ。

「はぁー、よかった。リリィーが落ちなくて……」

 アルが、そのままぎゅうっと私の体を抱きしめた。

 心臓がドキンドキンって……。アルに抱きしめられてる。夢の中のように、アルの背に手を回そうとしてハッとする。

 違う。これは、恋人同士の抱擁じゃない。迷子になってた子供を見つけた母親のそれと同じだ。

「ありがとう」

 アルの体を両手で押して、離れる。

「アルとは初対面の時に階段から転げ落ちてきたものね。ふふっ。同じにならなくてよかった」

「あ、あれはもう忘れてくださいね、リリィー」

 ドキドキを隠すように笑って、アルに背を向けて階段を下りる。アルの声が背中に降りかかる。

 はー、ビックリした。割と普通にしていられると思ったけど、ふいうちはだめだ。ふいうちは。


 その点、作業中は問題ない。午前中はいつも通り看板回収してからアルが奥で看板作業。

 私は店番しながら、歌の歌詞をとりあえず1枚書くことにした。お手玉の歌だ。宝石じゃなくて野菜バージョン。

 書いてみて、文字一覧表でチェックしながら足りない文字などのチェックをする。1曲だと足りない文字がいくつも出てくる。誰もが知っている歌が複数必要みたい。

 そうなると、また書いて配るにはとても労力が必要になる。んー、一度にたくさん書くことできないのかなぁ?時々、インクが下に移って困ることあるけど、逆にそれを利用できないかな?紙を2枚重ねて、インクたっぷりつけて書くとか。

「うわー、にじむだけで、全然ダメ!」

「何が全然だめ?」

 アルが、出来上がった看板を手に顔を出した。

「んー、一度に何枚も文字が書きあがらないかと思って」

 私が書き損じた紙を持ち上げてアルが笑った。

「リリィーは面白いこと考えるね」

「笑ってないで、アルも考えてよ!」

「大量にサインしなくちゃならない人間は、サインする代わりにハンコを使っているけれど、そういうの作れないかな?」

「ハンコ?」

 インクを付けて紙に押し付けるアレだよね。手紙の封蝋に押す印とは違って、確か文字が逆になってるやつ。

 それを、この紙のサイズで作るの?

「言ってみたものの、現実的じゃないな。ハンコも一つ作るのに金細工師が長い時間をかけて仕上げるんだ。サイン替わりの数文字のものでさえすさまじい時間と費用が掛かる」

 うん、確かに。偽造防止も必要なため、職人の数も少ない。金属を掘るための道具も技術も一部の人間にしか伝わっていない。


ご覧いただきありがとうございます。

次回の更新は17日の予定です。


ブクマ、感想、評価、励みになります。ありがとうございます。

感想をいただいてもすぐにお返事できないことがあり申し訳ございません。とても楽しみに読ませていただいております。

話は起承転結の転半ばといったところです。予定よりも少し長くなっておりますが、もうしばらくお付き合いいただければと思います。

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