好きでいる決意
手を引かれて、湖の近くへと歩いていく。
白い鳥が2羽、同時に飛び上がっていった。番いだろうか……。
空は青くて雲一つない。
アルの瞳みたいだ。
アルが好きだと自覚してからは、それすら言葉にすることができなくて、口をつぐんでいた。
アルは「一緒にピクニックするのが夢だったんだ」とぼそりとつぶやいた。
……そうか。私の護衛になってから、代筆屋も手伝わせちゃって、休みらしい休みも取らせてあげなかったから……。そんなにピクニックにきたかったんだ。
よかった、今日アルをピクニックに連れてこられて。
アルは喜んでくれてる。そう思うだけで嬉しさがこみあげてくる。
……これが、恋?
こんな些細なことで嬉しくなったりするなんて……。満たされた気持ちになるなんて……。
でも、だけど……アルには好きな人がいるんだよね。私、どうしたらいいんだろう。
大自然の中、あまり言葉は必要なかった。いい景色を見て、いい空気を吸って、おいしいものを食べて。ぼんやり日向ぼっこをする。
道筋を考えた。
アルが好きな人に振られる道。そうすれば、私を好きになってもらえるように努力する。
アルが好きな人と結ばれる道。アルに告白してすっきり玉砕して、アルを忘れる努力をする。
アルが好きな人をずっと思っている道。結ばれも振られもしていない状態。私は……振られるのを待つべき?告白して玉砕するべき?
私が市井にいられるのはあと1年半ちょっと。1年半ある。1年半しかない。
アルの恋の行方を見守りつつ、どうしようか考えよう。初めての恋。
好きっていう気持ちを、すぐに手放す必要なんてないよね?片思いだけど、恋は恋だもの。
私の気持ちは決まった。
アルを好きでいよう。一緒にいられる時間を楽しもう。そして、気持ちはアルにもメイシーにも隠し通そう。
アルが気まずい思いをしなくてに済むように。
野原でぼんやりしている時には気持ちを隠すのは簡単だった。
問題は帰りの馬車。また、隣にアルが座っている。
ドキドキするなっていう方が無理。ああ、意識しすぎ。えっと、もうちょっと別のことに意識を飛ばそう。
「メイシーと話をしたんだけど、誰もが知っている歌の歌詞を紙に書いてみんなに配ったらどうかと思うの」
「歌詞?」
「うん。ちょっとした空き時間に、歌を口ずさみながら文字を追っているうちに文字を覚えることができるんじゃないかと思って」
「へぇー、歌詞か。僕らが文字一覧表の順番を覚えてから、一覧表を見て文字を覚えたみたいにってことだよね」
アルは、細かく説明しなくても分かってくれた。
「それでね、できるだけ多くの……子供だけじゃなくて大人にも配れたらいいなぁって思ってるんだけど、大量に歌詞を紙に書く方法が何かないかと思って」
「学園の文字の書き取りの課題にするというのはどうかな?」
アルの提案に、メイシーがうなづいた。
「なるほど、生徒に課題という名目で書いてもらうんですね。1人10枚書いてもらったとして」
「ま、待って、覚えるための見本の文字なんだから、書いてあればいいってものじゃなくって……」
アルがハッとする。
「そういえば、有能と言われる文官ですら、解読が難しいような文字を書く者もいたな……」
ん?アルには有能な文官の友達とかいるのかな?騎士関係の友達が多いのかと思ってた。
「そうなると、何か他によい案は……」
ほっ。
アルもメイシーも、頭を動かすことに没頭して私の様子を気にすることもなさそう。
私も、考えことをすればアルを意識しすぎることもない。うん。これからも識字率アップのためにいろいろ考えよう。心の平穏のためにも。
「とまれー!」
馬車の外から罵声が聞こえ、馬の嘶きとともにぎしりと馬車が動きを止めた。
「何だ、暴漢か?」
アルが剣に手をのばし、小窓から外の様子をうかがう。
「周りを取り囲まれている様子はないな……二人とも、馬車から出ないでください」
アルが声を潜め私とメイシーに支持を出す。そして、ゆっくりと相手を刺激しないように馬車のドアをゆっくりと開き外へと出て行った。
「娘を返してくれっ!」
え?
「わしの娘、馬車に乗っているんだろう?返してくれ!娘はまだ成人もしていないんだっ!」
声が馬車の前から横へと移動していくのが分かる。そっと小窓から外の様子をうかがえば疲弊した様子の男性が一人アルの前にいた。
「何のことだ?知らない」
アルが馬車の扉の前に陣取り、男の接近を阻む。
「知らないわけないじゃないか、こんな立派な馬車に乗るのは貴族だけだろう?わしの娘は貴族に連れていかれたんだっ」
え?貴族に連れていかれた?
窓越しにアルに声をかける。
「私が話をいたします」
男性1人のようだし、いざとなればアルが守ってくれるだろうと、私は馬車の扉を大きく開いた。
「娘さんのお話聞かせていただけますか?」
男は、馬車の中をの置きこむように体を伸ばした。そして、中に私とメイシーしかいないのを確認すると、力尽きたようにガクッと膝をついた。
「いない……わしの、13歳になる娘が……貴族に見初められたなんて言い出して……今朝姿を消したんだ……」
「駆け落ち?」
ぼそりとメイシーがつぶやいた。
またか!
貴族と姿を消したって、耳にしただけで3人目だよっ!どういうことよ?
悪い考えが頭をよぎる。
友達同士でお忍びで遊びに来ていた貴族の放蕩息子たち。
遊びで町娘に声をかけ、駆け落ちしようと誘い出して数日遊んでぽいっ。
……。
馬鹿な奴らほど、誰かとつるむと気が大きくなってろくなことをしでかさない。
「ごめんなさい、私にはあなたの娘さんがどこにいるのかはわかりませんわ。ですが、もし娘さんが帰ってきたら……」
何かないかとポケットからハンカチを取り出す。小さくウィッチ公爵家の家紋が入ったものだ。そこに、携帯用のペンでサインを入れる。
「このハンカチを持って、領主様のお屋敷を訪ねてください。領主様が力になってくれるはずです」
もてあそばれて身も心もボロボロになって帰ってきたら……。
貴族を恨むようになるかもしれない。そんな人間が増えれば、今の体制に不満を持つ人間が現れるはずだ。
貴族の不始末は貴族が負うのは当然だ。もてあそんだ貴族の処罰、慰謝料の請求、職のあっせんなど、いろいろとウィッチ公爵ができることがあるだろう。




