夢が暗示するもの
「確かに、この文字は「あ」この文字は「い」と教えなくても、歌いながら指で追えば「み」「ど」「り」「の」と覚えることができますね!しかも、子供にもなじみ深い歌なら、親子で一緒に文字の勉強ができるってことですよね!」
「それで、メイシーにはお願いがあるの。みんなが知ってる歌にはどんなものがあるのか調査してほしいんだ」
「さっきの歌じゃだめなんですか?」
「ふふ、それが、私たちと市井では歌詞が違うのよ。面白いでしょ?宝石じゃなくて、野菜になってるの」
「へぇ、それは面白いですね。さっそく、ロゼッタマノワールで働く人に聞いておきますね」
ふふ。これで一つ前進だ。どの歌がいいのか選んだら、紙に書いて配れば……。
って、いったいどれだけの量を書くの?
子供がいる世帯に優先的に配布するとしても、すごい枚数だよね?だめだ。さすがに書けないよ。
じゃぁ、教会の壁など人が集まる場所に大きく書いたものを貼っておく?……それじゃぁ、仕事の合間に少しずつ覚えるという方向からはそれちゃう……。どうしたらいいんだろう。
人を雇って大量に作る?
見ながら書くのであれば、子供たちに文字の練習も兼ねて書いてもらう?いや、だめだ。少し形が崩れた文字でも、それを見て覚えた人はもっと崩れた文字を使うようになるかもしれない。
見本となるものは正確でなければ……。
うーん、何かいいアイデアはないかな。……ってそう簡単に思い浮かべば苦労しないよね。とにかく今はできることをしよう。
まずは大きめに書いたものを皆が集まる場所に貼ることから始めよう。教会のほかにどこかいい場所ないかなぁ?
夢を見た。
「リリィー、一緒に逃げよう」
アルに差し伸べられた手を取り、城を抜け出す。
「なぜ、私を逃がしてうれるの?」
私が側室になったとしても、アルには何のマイナスもないはずなのに。むしろ、側室候補の女性を連れ出すなんて見つかればどんな罰を受けるかわからないのに……。
「わからない?」
王都を出て、近くの村のにたどり着いた。
「部屋を一つたのむ」
ベッドが二つ並んだ部屋に入る。
いつ追手が来るかわからないから同じ部屋にしたんだろうけど……アルと同じ部屋だなんて。
「僕が、リリィーをあの場から連れ出した理由、本当にわからない?」
部屋に入ると、アルは私の正面に立った。
「リリィー、好きだよ」
「アル?」
アルが、ベッドをちらりと見る。
「今なら、まだ間に合う。このまま一晩僕と過ごしたら、リリィーはもう僕のものだ。どうする?」
アルと一晩?それは男女の関係になるとかならないとかじゃなく、男性と一晩二人で同じ部屋ですごす……それだけで、貴族令嬢はその相手のものと世間ではみなされる。
「私……」
返事が出せないでいる私の体を、アルがゆっくりと引き寄せた。
「リリィー、好きだよ」
先ほどと同じセリフを耳元でささやかれる。
「側室になんてならないでほしい。僕のものに……僕の手の中に……」
その言葉に、そっと抱きしめられた。
アルの腕の中に……。
「リリィー」
耳元でアルが繰り返し私の名前を呼ぶ。
優しくて、情熱的で、切ない響き。
「ねぇ、アル、本当?私のことを好きだって、本当なの?」
うれしい。
私もずっとアルのことが好きだった。
片思いだと思ってた。
だから、アル……。
「早く、朝がくるといいね」
二人で一晩ここにいれば、私は側室ではなくアルのお嫁さんになれる。
アル、好きだよ。
アルの背中にそっと腕を回した。アルの腕に力が入って、私の心は愛しさでいっぱいになった。
そうして、朝がやってきた。
朝が来た。
目から覚めて、ベッドの上でボー然とする。
何、今の夢……。
私が、アルを好き?なんで?
アルを好きになるような出来事なんて何もないでしょ?
そりゃ、ラッキースケベハプニングはあったけど。悪者に脅されたのを助けてくれた事件はあったけど。
優しい笑顔をいつも向けてくれるけど。一緒にいて苦痛に思うことなんてないけど……。
黄色いドレスを見てたんぽぽみたいって言うところとか……。
私の瞳の色を新緑みたいと言うところとか……。
自分で前髪のピン一つ留められないところとか……。
全然イケメンじゃないよ?いい男って、もっといろいろとスマートにこなせるでしょう?
ああそうだ。ダンスは上手かった。剣を振る腕も素晴らしかった。
でも……。
私が、アルを好きだなんて……。
そんなはずない。
だって、だって……。
アルには好きな人がいるんだから。
私は、好きな人がいる人を好きになったりなんかしない……。




