フィリーシアの恋
「あとは、代読料金の上乗せをどうするかね。引換券を作るか、あらかじめ手紙に料金徴収してある印でもつけておくか……」
うーんと首をひねっていると、ウィーチェルさんが遠慮気味に口を開いた。
「一律徴収は辞めてもらえませんか?できれば、後払い……代読屋に来た人間をカウントしていただいて、私が売り上げの中からお支払いする形にしたいのですが……もちろん、後払いの信用ができないというのであれば、私がいくらかお金を預けておきますのでそこから差し引いていただければ……」
「え?手紙をもらった人が、必ずしも代読屋を使わないってこと?」
それって……中身も読まずにポイって話?ああ、そんなの悲しすぎるぅ。振るにしても、手紙くらい読んでからにしてあげて!
「有名であればあるほど、歌の歌詞を覚えている人も多いんで。文字は読めなくても、書いてある歌詞を女性に伝えることができる男性もいるんです」
歌詞を覚えているから、文字が読めなくても書いてあることが分かる……?
ああ!そうだよ、そうだ!これよ、これっ!
「ありがとう、ウィーチェルさんっ!あなたのおかげで、いいアイデアが浮かびました!」
「は、はぁ?」
何に対してお礼を言われたのか分からないウィーチェルさんは私のテンションとは反対に、気のない返事を返す。
「すいません、ここに吟遊詩人が来ていると聞いたのですが」
ドアが開いて、痩せたおじさんが一人入ってきた。
「吟遊詩人は、私ですが」
ウィーチェルさんが立ち上がって対応する。
痩せたおじさんは焦った様子で、ウィーチェルさんに近づくと、「フィリーシアって誰ですか?」と尋ねた。
「フィリーシアは、30年ほど前に実際にあった出来事をもとにして作られた歌に出てくる女性ですよ」
へぇ、歌に出てくる女性か。
「娘が、うちの娘がいなくなったんだ。いなくなる前に『私もフィリーシアみたいになるの』と友達に言ってたそうなんだ……フィリーシアはどうなったんだ、教えてくれ!」
娘が行方不明?それは心配だよね。
「フィリーシアは、貴族との身分違いの恋をして駆け落ちします。子供が生まれたころ、貴族はフィリーシアと子供を連れて屋敷に戻ることを許されその後幸せに暮らします」
「身分違いの恋?掛け持ち?」
ウィーチェルさんの言葉に、思わず声を出してしまった。
さっき、スンナおじちゃんの娘さんが貴族と駆け落ちしたとかどうとか言ってたよね?
「そうか、娘は……そうか……。もう今年で17だ。恋をすることもあるだろう……。フィリーシアのように幸せに暮らせるなら……」
痩せたおじさんは肩を落として店を出て行った。
何、貴族との駆け落ちが流行ってるの?っていうか、そもそもそんなに貴族との出会いって市井に転がってる?私、3S男子との出会いが全然ないけど!
……スンナおじちゃんと、さっきの痩せたおじさんの娘さんたちの相手の貴族って、もしかして友達同士で、一緒にお忍びで街に来てたとか?
それで、二人とも運命の人に出会い……。
いや、もしかすると若気の至りで、友達同士で軽いノリで駆け落ちとかしちゃったりしてないよね?
すぐに飽きてぽいと捨てられたりとか……。
ああ、なんだか少しだけ嫌なこと想像しちゃった。
貴族の令嬢は駆け落ちの過去なんてあったらもう貰い手はない。貴族令息は「お遊びもほどほどにね」って言われるだけ。
捨てられた市井の娘は……。実は貴族ほど悲惨ではない。貴族が目をかけたほど素晴らしい女性に違いないと声がかかったり、良心のある貴族であれば手切れ金として一生遊んで暮らせるだけのお金を渡したりもする。
……うんもし悪い貴族に引っかかってボロボロで放り出されたら我がウィッチ領の領民を馬鹿にするのもいい加減にしろって犯人見つけてちゃんとお金支払わせるからね。もし貧乏貴族でお金がなければお屋敷で雇って、一生生活に困らないようにもできるし、いい殿方を紹介してあげることもできる。
なんてことをいろいろと考えていたら、いつの間にかアルがラブレターを書き上げてウィーチェルさんに渡していた。
20通はすぐになくなったため、今回は30通の注文を受けたそうだ。
仕事のあと、私とメイシーは二人で勉強です。
今日は、このあいだ流れた、側室になった場合の正しい王妃さまとの接し方。子供が生まれる前編。このあと、女の子が生まれた場合編、男の子が生まれた場合編。さらに別の側室との接し方編があり、それぞれにどちらが第一王子を生んだかによっての接し方を学ぶそうだ。……もちろん、毒物や暗殺者からの身の守り方とか他にもいろいろと学ぶらしい。いやもう、ロッテンさん、私、側室になる気ゼロです。暗殺とか子供を身ごもったときが一番危ないとか、いやだ。そんな世界入りたくない。いざとなったら、エディに助けを……求めても、いいの、かな?
「ふわー、終わった。ロッテンさんの授業は緊張する」
「そうですねぇ。でも本当に私が側室になるようなことあると思います?リリィーは公爵令嬢で、もともと第二王子と婚約してたから可能性あるかもしれないけれど……」
「ちょっとメイシーやめてよっ!私、側室になんてならないし、もしなったら、側室としていい子がいるんですよってメイシーのこと推薦するからね!」
「うわー、でも、リリィーと後宮で読書しながらおしゃべりも悪くない……けれど、暗殺とかやっぱりいやですぅ!」
「私だっていやだよぉー!」
二人で顔を見合わせ深いため息……。
お茶を飲んで、一息ついてから今日の報告。
いろいろありすぎて、何から言うべきか。
「メイシーそういえば、今日、女の敵が来たの」
「本当ですか?あの、いろんな女性にラブレター渡しまくってたっていう男ですよね?」
「それが誤解で、業務提携した」
「はい?」
メイシーに吟遊詩人で、ラブレターを恋歌に絡めて売り歩いてくれる。代筆屋の宣伝もしてくれるという話を説明する。
「それから、話を聞いてね、ひらめいたの。ちょっとした時間に勉強するためのもの。文字一覧表のかわりになるもの」
そう、ウィーチェルさんの話を聞いて思いついた。
「誰もが知ってる歌の歌詞を紙に書いたらどうかと思って」
「歌詞、ですか?」
いまいちメイシーはぴんと来てないみたいだ。吟遊詩人の話からの流れだから、吟遊詩人の歌う歌だと思っているんだろうか?
「宝石一つ、くださいなぁ~」
と、私がお手玉歌を一節歌う。
「どんな宝石、あげましょ~」
すると、すぐにメイシーが続きを口づさむ。
「「緑の宝石、くださいな~」」
そして、二人で声を合わせて歌いだす。
「小さい子供から大人まで、みんなが歌える歌よ。その歌詞を紙に書くの。そうすれば、文字を知らなくても”読める”でしょ?教える人がいなくても、文字を覚えることができると思わない?」
メイシーがハッとする。
次回更新11日です




