女の敵にあらず
「小説よ、小説。実際そんなに貴族や王族がほいほいと街中歩くことなんてないって!」
と言えば、アルが、残念そうな目を私に向ける。
え?
あれ?
私も貴族か!ほいほい街中歩いてるよ!アルも、エディもメイシーも!
うええっ、ってことは、王子様も気が付かないだけでほいほい街を歩いてたりする?
やだ、「市井で3S男子探してたらうっかり王子と恋に落ちました」なんて、それこそ小説の世界じゃないっ。気を付けよう。
「そういえば、ライカさんのお店に貴族が来ていたんですよね?」
アルの言葉に思い出す。そうだ、貴族らしくない貴族!
「うちの店に代筆した手紙預かってほしいってその人だよ!地図みたいなの書いてた……後で取りに来た人に渡して読んでほしいって……もしかして、それ、駆け落ちで落ち合う場所の地図なんじゃ?」
「いや、もう駆け落ちしたなんですよね?手紙はまだ預かったままですよ、それに」
アルがふいっとライカさんの店に視線を向ける。振り返ってみると、その貴族らしくない貴族のカールさんが店に入っていくところだった。あー、駆け落ちした人がこんなところにいるわけないか。
店に戻り、午前中に仕上げた看板を持っていく準備をする。
「あ、そうだ。看板の話をするついでに、手紙を預かるサービスの宣伝もしようか?手紙だけじゃなくて、ちょっとしたプレゼントも預かることにすれば、サプライズプレゼントにも使えたりしないかな?」
「くすっ」
私の言葉にアルが笑った。
「おかしなこと言った?」
「いいえ。なんだか、リリィーと駆け落ちしたら、僕よりリリィーの方が稼ぎそうだ」
私と、アルが駆け落ち?
「プレゼントを預かるとなると、保管の問題が出てくるでしょう。盗難の可能性が出てくる。そのあたりはもう少し慎重に検討したほうがいいと思います」
「あ、ええ、そうね。高価なものを預かって万が一のことがあれば、責任問題にもなるわね……」
思い付きでまた行動しようとしちゃった。反省。とりあえずは手紙の預かりの件だけ宣伝にとどめよう。
看板の取り付けして執筆屋の宣伝して、それから街を少し歩いて、取り外しができるお店の看板とできない看板。看板以外に文字を書かせてもらえそうなところとチェックしてまわった。
はじめは、街を歩くのがちょっと怖かったけど、アルと一緒なら平気。だんだんと行ける場所が増えてきたよ。今度は噂のおいしいお肉のお店に行ってみたい。あれ?私が行きたいと思う店って、食べ物関係ばっかり?可愛い雑貨屋に行ってもアルは退屈しちゃうだろうし。そういう店はメイシーと一緒に行きたい。食べ物屋なら、アルも楽しめるよね?あれ?護衛にも楽しんでもらおうなんて、今まで考えたことあったっけ?
戻ってから、店番しながらチェックした店をどのように回ろうかアルと相談する。どういう順番で1日何件くらい回るか。
「こんにちは」
あ、お客さんだ。
「いらっしゃいま……」
立ち上がってカウンターに向かいながら入り口に目をやり、思わず叫び声をあげる。
「うわーっ、アルー、アルー、来た、出た、来たっ!」
私の叫び声にアルが素早くドアに立つ人物の退路を塞ぐように入り口に移動し立ちふさがった。
「え?あの……」
何が起こったのか分からないまま、色気のある小ぎれいな明るい緑の服を着たブロンドの男性。
ラブレターを何枚か注文した、女の敵!まだ、ラブレターを配り歩く気か!
「あなたのしていたことは全てズバッとお見通しです!観念なさい!」
びしっと、何かの小説に出てきた決め台詞を口にする。
男の長い前髪が一房はらりと目の上に落ちる。「あ、あ、」と声にならない声を出した男は、次の瞬間床に膝をついた。
そして、床に両手もついて頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!お金は、差額はお支払いいたします!」
「問題はお金じゃないっの!不特定多数の女性に手紙を渡したでしょ?」
差額って、まとめて書くと1枚当たり3セイン安くなるってあれ?同じ人に渡すものじゃなきゃ高くなるとかそんなんじゃないからっ!
「いえ、手紙を売ったのは男性ばかりで……」
はぁー?男性だぁ?男色家?そういう人がいるってことは、小説でも読んだことがあるけど……いや、だまされちゃだめだ。
「代読屋に女性が手紙を持って来たわ」
「女性が持っていたということは、ちゃんとあの方たちは意中の人に渡せたんですね、よかった」
と、男は嬉しそうな顔をした。
え?ちょっとどういうこと?
「吟遊詩人?」
「ええそうです。言っていませんでしたか?前回書いていただいた言葉は、有名な恋歌の歌詞の一部だったんですが」
あーそうなんだ。やけにすらすらラブレターの文章が次々出てくるなと思ってたら、歌詞だったのか!
カウンター前に椅子を一つ置いて、座ってもらった。何やら誤解があったようで、お詫びにお茶も出す。
よかった。女の敵だからって、鉄拳入れなくて。……いや、入れる気はなかったけど。
「うたった後に、ラブレターを売ったんです。歌に出てくる情熱的なラブレターというので、意中の人に告白できない方が酒の勢いも借りて買ってくださいました」
1枚8セイン、2枚目からは5セインで買ったラブレターを10セインで売っていたそうだ。転売して儲けていたのがバレたと思ったらしい。
代読屋に来ていた女性たちが持っていたラブレターは、吟遊詩人のウィーチェルさんからラブレターを買った男性からもらったものだったのだ。
「それで、何枚ラブレターは売れたの?」
「この間書いていただいたものは、全部売れました。ですから、また書いていただこうと思って……」
なんですって!全部売れた?……たしか、20通も、20通も書いたよ?
代筆屋で受けたラブレターは……その20通以外、ゼロだというのに……。この差は何なの?
恋歌を聞いてその気になる?ラブレターの文面が思いつかなくても、すでに書いてある?お酒の力を借りたり、周りの人に乗せられる?わざわざ足を運んで頼まなくていいからハードルが下がる?そもそも、ラブレターという存在を知らなかった人間が初めて知ってほしくなる?
いろいろと3人で考察した結果。
「ウィーチェルさん、ラブレター代筆屋の宣伝大使になってください!」
これよ!
吟遊詩人として、ラブレターの宣伝をしながら売り歩く。私の目的は何も代筆屋の繁盛じゃない。ラブレターの普及だ!理由はどうあれ、ラブレターが売れるんだもん。このままやらない手はない。
「え?」
ウィーチェルさんがびっくりした顔をする。
「今までと同じでいいの。そうね、1枚目から5セインでいいわ。1枚5セインでラブレターを書きます。それを、ウィーチェルさんは買う人の負担にならない金額で売ってください。差額はウィーチェルさんがもらって構いません」
「ええ?いいんですか?」
いいもなにも、悪いことなんて一つもないよね?
いっぱいラブレターが売れて、世の中が愛に満ち溢れ、私は恋の橋渡しのお手伝いができる。




