山賊との出会い
流石に、公爵家の一人娘なので、街に放り出して市井での生活を始めろ!というわけにもいかないのは理解してる。
なのである程度の条件は飲んだ。
場所は、我がウィッチ公爵家領の領都ガッシュ。王都の南に位置し、隣国と接しているため交易で栄えている街だ。
公爵令嬢の地位は隠し、商家の娘としてガッシュで暮らすことになった。私の住む屋敷の使用人はほとんど領主城から派遣されるらしい。
「お待ちしておりました、リリィーお嬢様。こちらがお嬢様のお店になります」
馬車が止まり、メイシーと降りる。目の前には……。
「「ロ、ロ、ロ、ロッテンさんっ」」
うひーっ。
思わず、メイシーと声がハモる。な、なんで侍女頭のロッテンさんが……。
「リリィー様、メイシーも、大きな声を出して、はしたのうございます。淑女としてのたしなみはお忘れなく!」
あううっ。お父様も逆らえない鬼の侍女頭をお目付け役につけるとは……。
「1階が店舗で、2階が住居となっております。両隣の建物は、護衛や従業員の宿舎となっております」
ロッテンさんの後ろには、煌びやかな宝飾品や、高価そうな陶磁器、流行の最先端のレースをふんだんに使ったドレス、なじみ深い品々が並ぶ店があった。
近隣の店の、5倍はありそうな大きな店だ。
看板には「ロゼッタマノワール」とある。薔薇の館か。
「旦那様が、普段使っていた品々を扱う店であれば切り盛りできるのではないかとご用意してくださいました」
あー、うん。そうか。
お父さまもいろいろ考えてくださっているんだなぁ。
だ、が、し、か、し!
こんな女性が好みそうな品ぞろえの店のどこに、素敵な男性との出会いがあるっていうのだ!
さらに言えば、こんな高級品を買いに来る人間なんて、貴族階級がほとんどじゃないの!
絶対に、山賊の頭領は来ない!
王子は来るかもしれないけど、王子が来て喜ぶのは私じゃなくてメイシーじゃないのっ!
分かってない!
お父様は分かってない!
「私、こっちで店やるわ!」
ロゼッタマノワールの右隣りの建物を見る。
「お嬢様、そちらは、店ではなく護衛の宿舎でございます」
「元々は何かの店だったのよね?2階を宿舎に使ってもらって、1階でお店をすればいいわ」
ここは領都ガッシュのメインストリートだ。
大通りに面した建物は、どれも1階がお店で2階が住居もしくは宿屋という作りになっている。護衛や従業員の宿舎として用いるために用意したとはいえ、元は店に違いないだろう。私が滞在する2年のためにわざわざ建てたわけじゃないのは外観の古さから分かる。
ロッテンさんは、表情一つ変えずに黙っている。返事がないのはNOの意思表示だよねぇ。
ぐぬぬ。どう説得したものか……。
「考えてみて、大店のお嬢様って、危険でしょう?誘拐される危険も高まるでしょうし」
「そのために護衛がいます」
ぐぐっ。
「落ちぶれた貴族の放蕩息子とかが、金目当てで大店のお嬢様を無理やり嫁にしようとする可能性も考えられますわよね?……私が騙されて恋に盲目になってしまう可能性もありますでしょう?」
「そ、そうですわ、ロッテンさん。リリィー様は、恋愛経験に乏しく、悪い人に騙されないように細心の注意を払うべきですわ!」
メイシーが私の援護をしてくれる。
「山賊の頭領とかに、お嬢様が騙されてもいいんですか!」
って、メイシー……それは望むところだからね!
「それに、ほら、ロッテンさん、奥様が……ね?」
メイシーは言葉を濁して何かをロッテンさんに伝えようとした。
ん?お母様が何?
ロッテンさんは、隣の建物に視線を向け、ふぅっとため息を一つついた。
「いいでしょう」
やった!
「ただし、お嬢様はあくまでも公爵家のご令嬢です。住む場所は、ロゼッタマノワールの2階。お店の営業は日が昇っている間だけ。週に3日はダンス、教養、マナーなど公爵令嬢として必要なことを学んでいただきます」
「は、はい……」
そうでした。ロッテンは侍女頭兼、私の教育係でした……。しかも、鬼教師。ぐええー。
しゅんっと首を垂れた私に、メイシーが同情の視線をよこす。
「メイシー”お嬢様”も子爵家のご令嬢として、レッスンはリリィー様とご一緒していただきます」
メイシーも、首を垂れた。
「では、早速見てまいりますわ!」
2年という期限があるのだ。落ち込んでばかりいられない!
くるりとロッテンさんに背を向け、ロゼッタマノワールの右隣の店へと向かう。私の後ろをメイシーが付いてくる。
「リリィーお嬢様、常に護衛と供に行動すること、守れますね?それから、メイシーにはお嬢様のお部屋を整えていただきます」
あはは。じゃぁ、またあとでね~と、小さく手を振りメイシーと別れる。
ロゼッタマノワールの右隣りの建物。見た目は通りの他の建物と大差がない。石造りの2階建て。2階には通りに面して小さな窓が2つ。1階は中央に両開きのドアがあり、その両サイドに鉄格子のはまったガラス窓がある。窓は光取り目的のようで、透明度が悪く中が見えない。
一方、ロゼッタマノワールは透き通ったガラス窓で中の様子が良く見えた。鉄格子には蔦や葉を模した意匠が施されている。店構えまでお金がかかってるよね。
ぎぃーっと少しだけ音を立ててドアを開く。
少し埃っぽいけど、建物の中は古臭さを感じさせなかった。割と最近まで使われていた感じがある。
背の高い丸テーブルが3つ並んでいる。机ではなく、商品を置くために使われていたのだろうか?椅子はない。
その奥に、カウンターがあり、カウンターの奥に事務用の机と椅子が置かれている。
そのさらに奥は壁になっていて扉がある。
生活スペースなのかな?それとも飲食店もできるキッチンかな?
奥に進み、扉を開ける。
扉を開けると、小さなキッチンがあり、その奥に2階へと続く階段が見えた。
「誰だ!」
うわっ。びっくりした。
2階から大きな声で怒鳴られた。
そうだ、ここは、護衛の宿舎として利用すると言っていた。
私のわがままで1階を店にすることになったとはいえ、先に入居してる人に断りもなく入ったのはちょっと失礼だったかな……。
「リリィーです。護衛の方ですか?」
2階に向かって声を掛ける。
「リッ、リリィーッ、様!」
驚きの声。次の瞬間、ガダゴドドスンという、すさまじい音と共に、2階に続く階段から人が転げ落ちた来た。
青い半そでのシャツに、紺のズボン。
「ま、まさか、こちらにいらっしゃるとは思いもせずに……」
袖から出ている腕には鍛え上げられた筋肉が見える。ムキムキというよりは細マッチョな感じだ。
身長は私よりも頭一つ分ほど高い。180は超えているように見える。
立ち上がって振り返った男の顔を見て、息を飲む。
フォキシーゴールド……狐色の髭で顔半分が覆われている。伸びているのは髭ばかりではない。前髪は目元を覆い、肩まで伸びた髪は結びもせずに自由に……もじゃもじゃなままだ。
「山賊……」
思わず漏れた単語に口を覆う。