エディの告白
「いらっしゃい。今日はずいぶん早いね」
ライカさんは店に入ると笑顔で迎えてくれた。まだ店内に客の姿はない。
「初めて、ラブレターの代読依頼があって、色々ありまして」
「へぇ~ラブレターかぁ」
「ライカさんの依頼なら、お安く代筆しますよ?」
お世話になっているから、紙代だけで書いちゃう。
「ふふ、ありがとう。でも、代筆もいいけど自分で書けたらもっといいのになぁ」
おお!文字を覚えることに前向き?ラブレターきっかけで識字率アップに貢献?
目をキラーンと輝かせる。
「簡単なラブレターならすぐかけるようになりますよ!『好き』の一言なら、『す』はこう書きます」
テーブルの上に指で「す」の文字を書く。2度、3度と繰り返し見せると、ライカさんが真似して「す」を書く動きを見せる。
「そうです。『き』はこう」
「えっと、こうかな?」
ライカさんに上手ですとうなづいて見せる。
「書けた?私にも書けてる?」
ライカさんが、コップに入った水を持ってきた。それを指先につけて、テーブルの上に文字を書く。木でできたテーブルに水で書かれた文字が浮かぶ。
「ちゃんと書けてる?」
「す」も「き」も、少しバランスが変だけれどしっかりと読める。
パンやのダンさんもそうだったけど、大人も文字を書きたいんだ。チャンスがあれば、見て書く練習して覚えることができるんだ。識字率を上げるのは、子供に教育するだけじゃない。大人だって、文字を覚えることができるんだ!
「逆だな」
エディがライカさんの書いた文字を見てつぶやいた。
「え?逆?まさか、嫌いって書いちゃったってこと?ラブレターのつもりで、嫌いって書いちゃうことがあるなんて、文字は怖いっ!」
さーっとライカさんが青ざめる。
「違うよ、ライカさん。エディが言っていた逆っていうのは、文字の順番。文字は左から右へ読むの。だから、これは「すき」じゃなくて「きす」になってるっていうこと」
「え?そうなの?左から右……そうなんだ。じゃぁ、文字はあってるのね?すきはこう書くのか」
ライカさんが、もう一度指に水をつけて机に文字を書く。
消えかかった「きす」の文字の下に「すき」と書いて、私の顔を見る。あってるよとうなづいて見せた。
「あはっ、すごい!私、二つも単語を書くことができたわ!好きとキス。ふふふ」
うれしそうなライカさんの顔。
「おーい、ライカこれ頼む」
「あ、はーい。えっと、注文は?いつもと同じでいい?」
ライカさんが去ってから、テーブルの上の文字を見直す。
大人も、文字を覚えたい……。でも、仕事がある。生活がある。文字を覚えるための時間を確保するのは難しいかもしれない。
今のようにちょっとした時間に少しずつ、1日1文字でも覚えていければいいんだろうけど……。そのためには何か教科書が必要だ。
いくら看板が絵本替わりになるといっても、いつもで歩くわけにはいかない。仕事の合間に見ることができる教科書……。文字一覧表を書いて配る?
誰が書くの?それに、50音を知らなければ文字がなんの順番で並んでいるかなんてわからないよ?
絵と文字がセットになってなければ、その文字が何を意味してるかなんて分からない。誰か教える人がいてこそ、文字一覧表は役に立つんだよね。
「リリィー、聞いてる?」
はっ!
「ごめんなさい、エディ。ちょっと考え事をしてたわ。えっと、何の話だったっけ?」
エディがテーブルの上で私の手を取った。
「利用していいんだ」
「利用?」
首をかしげる。
「俺を利用しろ」
利用してるよ?伯爵なのに、代読屋とかしてもらっちゃってる。
「側室へと話が来たなら、俺と婚約したと言えばいい。偽装婚約で構わない」
「偽装、婚約?」
「ああ、側室回避のための形だけの婚約だ。リリィーが破棄したいときに、俺は捨ててくれて構わない」
何それ。
もしかして、私を婚約破棄したときの罪滅ぼし?今度はこっちから婚約破棄すれば、プラスとマイナスでなかったことになるとでも?
「だが、俺は捨てられるつもりはない」
何?まさか、エディから私を捨てるつもり?冗談じゃないよっ!4度目の婚約破棄は勘弁して!
「偽装婚約の間に、本物にしてみせる。俺を好きにさせる」
好きにさせたうえで、捨てるつもり?ますます冗談じゃないよぉ。小説に出てきた。これって、もしかしてS属性っていう人なの?
怖くなって、握られた手を引き抜こうとしたら、ぎゅっと逃げられないように力を込められた。
「好きだ、リリィー」
「は?」
向かい合わせに座るエディの紅茶色の瞳に、私の間抜け面が映ってる。
「出会ったころからずっと好きだった」
「嘘……だって、だって……」
出会ったのって、私が5歳でエディも8歳とかだよね?好きになる?
私は新しいお兄ちゃんができたくらいの感覚しかなかったよ?
「父の不正で、君を手放さなければならないと知ったときの絶望と、婚約者を自分で決めると聞いた時に見出した希望の大きさがわかるか?」
えっと、その……。
「あの、もしかして、エディは……私のことが好きなの?」
エディの頭ががくんと落ちた。そして、すぐに持ち上がった。
「もしかしなくても好きだと言ってるんだが、何を聞いてる」
「だって、でも、その……じゃぁ、婚約しようっていうのは、公爵家の地位目的とかじゃなくて、罪滅ぼしや恩返しというわけでもなくて……」
「好きだから婚約したい。リリィーが付いてきてくれるなら駆け落ちしたっていい。地位になんの価値もない。それこそ、代読屋で食うには困らない自信はある。他の商売を始めてもいい。自慢じゃないが、生活力には自信があるからな」
信じられないけれど……本当なの?
エディはずっと私を好きでいてくれた?
「なんなら、偽装婚約じゃなくて、偽装駆け落ちだっていいぞ?」
「駆け落ち……」
恋愛小説で、輝くように描かれている駆け落ち。それを、私が?
「何?駆け落ちするの?」
ビックリしたライカさんの声に、私とエディも驚いてテーブルの上に置いていた手を膝の上に乗せる。
「い、いえ、小説の話で……」
「あー、小説かぁ。いいなぁ。文字が読めれば、いろいろな物語も読めるようになるんだよねぇ」
ライカさんが、テーブルの上にランチと果実水を置く。
ぽつぽつと別のお客さんも入り出した。
側室だとか婚約だとか、人に聞かれては困るような話はエディも私も続けることができない。
「俺が帰っている間に、さっき話したことを考えてくれ」
とだけ言い、あとはその間トーマスさんに代読屋を任せるための引継ぎ事項の確認を進める。トーマスさんでは護衛できないから代筆屋にエディが来ていた日は休みにすること。ついでに、メイシーと私が一緒に休みを取れるように代読屋の休みを合わせることなど。
自分が離れている間のことも、問題がないようにきちんと考えてくれるんだ。やっぱりエディはすごいなぁ。
感想、ブックマーク、評価ありがとうございます。大変励みになります。
更新に間が空いたにも関わらずお読みいただきありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。




