エディが婚約しようとする理由
本日2話目
小さな声が出た。そんなのありえないと大きな声で主張したいけど……。
「リリィーに側室なんて似合いませんよっ!」
「そうだ、リリィーが側室なんて、ありえないっ!」
アルとエディが私の代わりに大きな声で側室を否定してくれた。
だけど、ロッテンさんは二人の声に首を横に振る。
「残念ですが、お二人の力ではどうにもならないことがございます」
陛下が位を第一王子に譲った場合……。
お世継ぎを得るために若い娘を側室に差し出すようにと、命が下れば、王家の命に逆らえる者は、多くはないだろう。
お父様なら、娘を差し出すわけにはいかないと言えるかもしれない。だけど、国の発展のため、他に任せられる人間がいないとなれば……。
「そうだ、すぐに、俺と婚約しよう!そうすれば問題ない!」
「エディ、何を言っているんだ!」
アルが立ち上がってエディの肩をつかんだ。
メイシーがおろおろとしている。
「今日はもうレッスンは無理のようですね。続きは来週行いましょう。それまでに冷静になってくださいませ。いろいろな可能性を考え、いざというときに困らないためのレッスンです。特に、側室はとても微妙な立場となります」
ロッテンさんがふぅとため息をついた。
「メイシー様も、よろしいですね。メイシー様の場合はより複雑な立場となります。今までお仕えしてきたリリィー様よりも上の立場になるわけですから、訓練は必要ですよ」
「え?私が、側室ですか?」
おろおろしていたメイシーがより一層おろおろし始めた。
「そうか、メイシーが側室になったら、今までのように私の侍女をしてもらえないどころか……めったに会えなくなるんだ……私が側室になっても、メイシーについてきてもらうことはできるけど……」
さすがに、公爵令嬢の私が城で働くなんてできないもの。
「私、リリィー様のおそばを離れたくありませんっ」
「私も、メイシーと本の話とかできなくなるのは寂しい……そうだ、一緒に側室になるっていうのは?」
「あ、それは名案ですっ!二人とも側室になれば、後宮で一生一緒にいられますね!」
私とメイシーが側室もいいかもなんて盛り上がり始めたところで、殺気を感じた。
「リリィー、本気じゃないよね?」
アルの目が怖いです。
ううう、すいません。そうですね。友達と一緒にスィーツ食べに行くようなノリで側室されたんじゃ、国民はたまったもんじゃないですよね。
ごめんなさい。
部屋を一歩でれば、ロッテンさんのレッスンは終了。
「リリィー様、着替えたらすぐにお部屋に伺います」
と、メイシーは走らないけれど速足で部屋に自室へと向かって去っていった。さすがに侍女の仕事に舞踏会用のドレスは動きにくいのはわかる。
だけど、すぐに一緒にお茶飲みながらいろいろと話がしたいよぉ。
カチャリ。
メイシーの後姿を見送って廊下に立っていたら、エディが姿を現した。
「リリィー、俺は本気だ。俺と婚約しろ。側室なんかにはさせない」
エディに手首をつかまれ、体を引き寄せられる。
驚いて言葉を返せないでいると、再びドアが開きアルが姿を現した。
「アル!」
なぜか、アルの姿を見たら声が出た。エディには一言も言葉を返せなかったのに……。
エディはすぐに私の手を放すと、何事もなかったかのように廊下の奥に消えた。
アルが何か言いたそうに私の顔を見てる。
違う、私とエディは別に何でもないって、口にしそうになって慌てて自室に駆け込んだ。
何でもない?
元婚約者で、今、再び婚約しないかと言われていて、何でもないとか……なんでそんなこと言おうとしちゃったの私……。
「お待たせいたしました。あれ?リリィーまだドレスを着たまま?」
「あ、うん、ちょっと考え事してて……」
後ろボタンじゃない限り、ドレスを脱ぐのは一人でもできる。
「考え事?側室の話?あれはビックリしました。なんだかロッテンさんの様子を見ると、”一応”とか”いざというときのため”っていうレベルを超えてますよね?」
メイシーは二人っきりになったので友達モードで話はじめた。とはいえ、侍女の仕事をさぼるわけではなく、てきぱきとお茶の準備をしながら口を動かす。
「もしかして、近々譲位する話というのは、噂だけではないのかもしれないね……お父様は何か聞いてるのかも」
お父様は現在、宰相補佐の地位にある。現在の宰相は陛下よりもさらに高齢、70歳近い。もしかすると、陛下の退位に合わせて宰相の位を退くかもしれない。とすれば、宰相補佐のお父様が宰相になる可能性は高い。
第一王子が即位すれば、政敵が側室を送り込もうと躍起になるのは目に見えてる。王妃に子はいないとなれば……側室が男子を成せば時代の王。
あんぽんたんが王家とつながりを持つとろくなことはない……。となれば……。
信頼のおける人間の娘を側室にと、お父様は考えるよねぇ?
実の娘とか……。爵位は低いけど、信頼できる……メイシーとか。
「何ですか、リリィー、私の顔に何かついてます?」
「メイシーが側室になるっていうのが現実味を帯びてきたなぁと」
「ちょっ、何を言っているんですかっ!それを言うなら、リリィーの方が……」
メイシーが動揺して、カチャッと音を立ててカップをテーブルに置いた。
「私は、いざとなればエディと婚約して側室の道を回避できるし」
ティーポットから、自分でカップにお茶を注ぐ。ついでに、メイシーのカップにも注ぐ。
「ありがとうございますって、リリィー、エディと婚約って、本気ですか?」
「……いざとなればよ、いざとなれば。側室なんてめんどくさい立場になるくらいならってこと。何を考えているのか、エディ……エドワードが婚約しようって言ってくれるからね」
テーブルをはさんで椅子に二人で腰かける。
ふぅ。やっと一息。
「エディ……エドワード様が何を考えているのか、リリィーは分からないの?」
メイシーがちょっとびっくりした顔をする。
「ああ、そうか。メイシーは知らなかったっけ?エドワード・タズリー伯爵は、元婚約者なんだよね。あっちから婚約破棄を言い出したの。それなのに、今更なんでまた私と婚約しようとするのか……さっぱりわからないわ」
首をかしげながらお茶を飲む。うん、おいしい。
「エドワード様は、タズリー公爵の不正で」
「ああ、そのごたごたは知ってるのね。その不正が発覚する前まで少しの間婚約してたんだけど……。あ、もしかして公爵に戻りたいのかな?私と結婚すれば、ウィッチ公爵家当主になるわけだし。ウィッチ公爵とタズリー伯爵と二つ爵位を持てるんだもんね」
メイシーは、慌てた様子で、私の言葉を否定した。
「そんな、私欲のためじゃありませんよっ!リリィー、エディは確かにちょっと言葉遣いが横柄なところはありますが、優しくて良い方ですよ。無償で教会への朗読は続けてますし、代読の仕事も、私に無理のないように選んで受けてくださっていますし」
ん?
メイシーは随分エディの肩を持つのね。
私よりもずっと長い時間代読屋で一緒にいるから、よくエディのこと知ってるのね。
「じゃぁ、メイシーは、なぜエディは私と婚約しようとしてると思うの?」
私の言葉に、メイシーは顔をこわばらせた。
「そ、それは……あの、……」
何だろう?知っていて言葉を濁しているのか、分からなくて言葉に詰まっているのか。
ふっとメイシーが顔をそらした。
「わ、分かりません……」
そっか。分からないのかぁ。
うーん。私と婚約して、エディには何の得があるのか。公爵の爵位くらいしかないのになぁ。
待てよ、損得を考えてないとしたら?私への贖罪?
3度も婚約破棄なんて不名誉な私に申し訳がなくて、2度目の婚約破棄はなかったものにしようとしてくれてるの?婚約休止みたいな感じに?
……。
罪滅ぼしのために婚約なんて、エディも馬鹿だねぇ。
エディくらい容姿も頭脳もよくて、領地経営の力もあるんだから好きになった女性と幸せになれるだろうに。うん、でも大丈夫。
「エディのためにも、私、1日も早く素敵な3S男子と婚約してみせるわ!」
私が3S男子と婚約すれば、エディも罪滅ぼしなんてしなくたって済むんだから。自由にしてあげるっ!
代筆屋や代読屋を協力してもらってることで、婚約破棄の件なんて十分清算済なんだし!
「はいぃ?リリィー、一体どうして、別の男性をゲットすることがエディのためなんですか?」
メイシーがちょこっとお茶を吹き出した。
ん?そんなに変なこと言った?
メイシーは立ち上がって、本棚から本を1冊持ってきた。
「代読屋でお世話になっているご婦人からお借りした本です。早急にお読みください!」
早急?返却日の約束が迫ってるのかな?
『再会~あなたを思って10年が経ちました』
タイトルからすると恋愛小説?




