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無力感

 パン屋を後にして、食事をした。

 デザートが美味しい店だと楽しみにしていたのに、口に運ぶデザートの味がしない。

 心がざわめいていて、何を食べても、味が分からない……。

「アル……ジョンさん……文字が書けないと、ゴーシュみたいな悪い人には勝てないの?」

 今回は運よくジョンさんは騙されずに済んだ。

「ゴーシュみたいな、文書を偽造してまで人を騙す人間は少ないでしょう。ですが……相手が文字を読めないことをいいことに、だます行為はよくあるようです」

 ごくんと、味のしない食べ物を無理に飲み込む。

「例えば”1か月10セントあげる”という表現で『1か月で10セントを差し上げる』という意味だと勘違いさせて契約を結び、後から『1か月で10セント値上げする』という意味だと知らされたとか……」

「でも、それって騙してるようなものでしょ?その契約書は無効にならないの?」

 アルが首を横に振る。

「契約書にサインする前に、必ず確かめることがあるんですよ。『この書類で分からないことがありませんか?理解しましたか?』と。分からないことがあれば質問してくださいと。その時確認しなかった方が悪いと言われて、泣き寝入りする人も多いんです」

 ……ひどい。

 文字の読み書きができないからって、だますなんて……。

 識字率が上がれば……

 全員が読み書きできなくたって、知り合いの誰かひとりでも、信用できる誰かひとりでも読み書きができれば……。

 その人に立ち会ってもらえば被害は減るよね……。

 貴族や上流階級じゃない。市井での識字率が10パーセントあれば……。

 くやしい。

 いい人が……何の罪もない人が、悪い人に騙され、苦しめられるなんて……。

「私……識字率をあげたい……」

 口から思わず漏れた言葉。

 洗礼のときに子供の名前を書くって言いだしたのは、識字率をあげるためじゃなかった。

 子供を喜ばせたいって思ったからだ。単なる思い付きに、意味を持たせるために識字率をあげるためって理由をくっつけた。

 ……。今は、私……。

 識字率を上げたい。

 理不尽に苦しめられる人達がいない世の中にしたい。

 私に何ができるの?

 ダダをこねてお父様に頼むの?何を?

 ぽろぽろと涙がこぼれた。

「アルゥ……私、私、識字率を上げたいの……ジョンさんやドナさんみたいな目に遭う人がいないようにしたい……」

 私に有るのは気持ちだけだ。

 何もできない、何も……。

 自分の無力さに涙が落ちる。

「国の責任です……。リリィーが泣くことはないんです……」

 アルの手が、私の髪をなでた。

「何も、国も現状をよしとはしていない……ですが、国が優先すべきことは、まずは国民が飢えないこと。他国からの侵略を防ぐこと。……学校を作り識字率を上げるところまでなかなか予算を回せないのが現状です……」

 うん。お父様が頑張ってるの知ってる。


 店に戻って、ゴーシュたちにめちゃめちゃにされた店内を戻す。

 私もアルも口数少なく黙々と作業を続ける。

 私の心の中はぐちゃぐちゃなままだ。

 何かできないのか……何もできない。何かしてあげたい……何もしてあげられない。


「リリィー、ひどい顔!」

 部屋に戻ると、メイシーが私の顔を見て悲鳴を上げた。

「何かトラブルがあったんだって?大丈夫?今日はゆっくり休んで……」

 気遣うように、私のお世話をするメイシー。

「……ねぇ、メイシー。私って、無力ね」

「え?」

 仲良しのメイシーの顔見たら、また涙が出てきた。

 ぽつりぽつりと、私が思っていることをメイシーに話す。

 話を聞き終わったメイシーは、本棚から数冊の本を持ってきた。

「ねぇ、リリィーこの小説の話、覚えてる?」

 うんと頷く。

「すんごく腹の立つ侯爵が出て来たじゃない?『俺は侯爵だぞ、偉いんだ、何でもできるんだ、自由にできないことなど何もない!』って」

 メイシーは別の小説の表紙を見せる。

「こっちの小説には、悪役令嬢が出て来たわよね。リリィーと同じ公爵家の一人娘。父親が宰相っていうところまで同じだったね」

「覚えてるわ!しかも名前がリディとか微妙に似てるの!」

「うん。リディはいつも公爵家の娘というのを鼻にかけて『私に逆らう気?』が口癖。金と権力を最大限に使いやりたい放題」

「もう本当腹が立ったよ!最後に断罪されたときにはどれほどスカッとしたことか!」

 いつの間にか、私の涙は止まっていた。

「私、自分を無力だっていうリリィーが好きだよ」

「メイシー……」

 メイシーに言われて心臓の奥がずんっとつかれた。

 公爵家に生まれた私。

 今まで、心のどこかでこれらの小説の悪役と一緒で、ほとんどのことが何とかできると思っていたのかもしれない。

 初めてなのだ、こんなに自分を無力に感じたのは……。

 私……。どこかでおごっていた?

「だけどね、リリィーは他の人よりも少しだけ力があるよ。私もそう。文字の読み書きはできるし、ある程度のお金もあって、それから自由になる時間もある。考えたことを聞いてくれる、国の要人へのツテまである」

 うん、確かにそうだ。

「それから、相談できる友達もいる」

 メイシーがおどけた口調で自分を指さしてウィンク。

「ありがとう、メイシー!」

 心がふわっと軽くなった。

 すると、不思議なことに本棚に目が行き、今まで読んだ小説を思い出した。

 私のように無力さを悩んでいた主人公もいた。

 彼や彼女たちはどう立ち直ったのか……。

 無力でもいい、いや、無力だという自覚から、何ができるか考えて、できることを精一杯すればいい。

 大きな目標を立てて、それが自分に手が届かない、無理だと何もしないよりも、小さなことでも何か行動をした方がいいって……。

 そうして、まぁ、小説だから結果的にすごくうまくいって大きなこと成し遂げちゃうんだけど……。それは結果であって、初めからそうなるようにと動いたわけじゃない。

 一人の力は大したことがない。

 だけれど、動いている一人を見て、誰かが手を貸そうとして、一人が二人、二人が三人、三人が……いつの間にか十人になり百人になり……。あくまでも小説だ。現実もそううまくいくとは限らない。

 だけど……無力だと嘆いて、何もしないよりも、ダメかもしれないけれど何かした方がいい。

「メイシー、識字率を上げるための方法を一緒に考えてくれる?」

「もちろんよ、リリィー」


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