嵐と青空
「けっ、こじゃれた飾りを置きやがって」
「こまけぇ値札ついてますぜ」
「追加料金3セイン?5セイン?桁が間違ってねぇか?」
ずいぶん粗野な話し方をする人たちだなぁ。あれ?
今「追加料金」って単語読んでなかった?文字を読める人が、代筆屋に何の用なのかな?
「いらっしゃいませ」
カウンターに出ると、3人の山賊の手下風の男と、背の低く、お金はかかっているけれどあまりセンスのよくない服を来た中年の男がいた。
「小娘!お前か、代筆屋を始めたのは!」
手下風の男が大きな声を出す。
「いったい、誰に断って代筆屋やってるんだ!」
誰に断って?
「え?誰かの許可が必要なの?」
知らなかった。いったい何処の誰に許可を取らないといけないんだろう?
「許可とかそんな話をしてんじゃねぇぞ!代筆屋の先輩に挨拶の一つもねぇことを言ってんだ!」
「そうだ!ゴーシュ様に無断で代筆屋を始めるとはいい度胸だな!」
しまった。知らなかったよ。同業者には挨拶が必要だったのか……
「それは、失礼いたしました。このたび代筆屋を」
と、遅ればせながらに挨拶をしようと思ったら、ゴーシュ様と呼ばれた中年の男が口を開いた。
「今日で廃業してください」
「え?」
「目障りなんですよね。こんな値段で代筆なんてされちゃぁ」
ゴーシュは、カウンターに置いてあった料金表を手に取り破り捨てた。
「勝手なことをされては困るんですよ。今まで代筆は銀貨以下では仕事を請け負ってこなかった。それを、大銅貨1枚にもならない値段で……」
ゴーシュは首を横に小さく振りった。
そうか、アルが代筆は主に契約書を書くときに必要とされていて、金貨1枚が相場だと言っていた。ゴーシュが言うところの代筆というのは、契約書などのことを言っているんだよね?
「あの、代筆屋では契約書は代筆しません。ですから、今まで代筆をしてきた方の仕事を奪うつもりはないんです。私は、」
「ごちゃごちゃうるせーな!代筆屋をやめろとゴーシュ様は仰ってるんだ!」
ドンッ、バサァーーッ。
手下の一人が、紙を並べてあったテーブルを蹴り倒した。
「そうだ、廃業だ、廃業、やめないっていうなら、やめたくなるようにしてやるよっ!」
もう一人が、テーブルクロスを乱暴にひっつかみ、上に載っせてあった小物を床に散らした。そして、壁を飾っていた見本の手紙を入れた額縁や増加などを次々と引きちぎっていく。
「や、やめて!」
せっかくアルと一緒に準備した店内が荒らされていく。
「代筆屋を辞めると言いなさい」
「いやよ!辞めないわ!」
カウンター越しににらみ合っていたゴーシュが、突然腕を伸ばして私の手首をつかんだ。
ぎりっと爪が食い込む。
「痛い目を見ないと分からないようですね」
ゴーシュの濁った瞳と視線がぶつかる。汚い。なんて、汚い目……。嵐の前の雲の色のようだ……。
怖い……。風が雨が人々を苦しめる……嵐……。
「痛い目を見るのはそっちだ!リリィーを放せ!」
ガシャンと、アルが運んできたであろうティーカップが床にはじける音。そして、お盆がクワンクワンと床で弾む音が聞こえた。
気がつけば、アルがカウンターの上に飛び乗っていて、剣先をゴーシュの喉元に突き付けていた。
「リリィーを放せ」
腹の底から絞り出したようなアルの声に、剣先が今にもゴーシュののど元を貫きそうな迫力があった。
「くっ、覚えていろ!」
ゴーシュが私の手を放し、後ろに後ずさる。
「上は黙っちゃいないぞ、素直にやめておけば良かったと後悔してもしらないからなっ!」
捨て台詞を履いて、ゴーシュは手下を連れて店を出て行った。
手下たちに荒らされた店の中は、まるで嵐の後のようで……。
涙が落ちる。
「リリィー、大丈夫?怪我はないか?」
アルがカウンターを下り、私の隣に並ぶ。
「目を……」
「目?」
「アルの目を見せて……」
見上げれば、そこにアルの顔。アルの空色の瞳がある。
大丈夫。
嵐は去ったんだ……。私の空……。
「ごめん、リリィ……怖い目に遭わせて……」
アルの手が、私の髪をそっとなでた。
「えへっ。大丈夫だよ、ちょっと怖かったけど、でも、アルが居てくれるんだもん。全然平気だよ!」
心配かけないように、ニッコリ笑って見せた。
「守らせてくれっ!僕に、リリィー……君を、ずっと守らせてくれ……」
アルが、ぎゅっと私を抱き寄せた。
ずっと?
……アルが、私をずっと守ってくれるの?市井での2年が過ぎた後も?
私に、青空を見せてくれるの?
それ、素敵だわ。お父様にお願いしよう。
アルを護衛でずっと雇ってって。
「今日はもう営業は無理だね。片づけないと……」
アルが、早速散らばった紙を拾い始めた。
私は、ドアに営業の印で出してあった花をカウンターに飾りなおす。
「少し早いけど、先にご飯を食べに行きましょう!」