お茶の入れ方
御覧頂きありがとうございます。
本日より、若干1話のボリュームがダウンいたします。
「メイシー聞いて!今日はね、5人もお客さんが来てくれたのよ!」
「本当?じゃぁ、そのお客さんから手紙を受け取った人が、代読屋に来てくれるかな?」
「いや、それはない……」
名前を書いたドナさん以外、メニューを書いてほしいって注文だった。噂で聞いてうちの店にも頼むって。
「だけど、初めてのお客さんね!おめでとうリリィー!」
「ありがとう。代読屋は今日はどうだった?」
「うん、私は前にも伺ったことのあるご婦人のところで本を朗読したわ。エディは、教会に聖書の朗読に行ったのよ」
教会?
聖書の朗読?
「月に一度の朗読会なのに神父さんが喉を傷めたそうなの。それで依頼が来たんだけど、エディは断っちゃったわ」
「断ったって……」
「教会から金をもらうわけにはいかないって。朗読は仕事じゃなくって、ボランティアで行ったのよ」
そっかぁ~。もらうところからはもらうけど、儲けが出ればそれでいいと考えているわけじゃないんだ。
ん?教会?
……。
あ、そうだ!いいこと考えちゃった。
「メイシー、ちょっとエディのところへ行ってくる!」
「え?ちょ、リリィー待ってください、あの、私も行きます!いえ、アルも連れてきます!」
「ああ、護衛はいらないよ、大丈夫!」
「だ、大丈夫って、大丈夫じゃないです!リリィー様!」
部屋を一歩出ると、メイシーが私に様を付けて呼ぶ。この切り替え。メイシーの声を背に、いつものタペストリーとは真逆にある壁側のタペストリーをめくりあげ、ドアを開ける。
「あ」
やってしまった。
ラッキースケベエディバージョンです。
エディの引き締まった背中がそこにはありました。
「ごめん、エディ。見てないから」
ぱっと顔を伏せる。
「リリィー、何があった?ノックをする暇もないくらい急ぎの用なんだろ?」
エディが、私の腕をつかんで、部屋に引っ張り入れた。そして、ドアとクローゼットのドアを閉める。
あ、ノック……。そうだ。タペストリーの裏の隠し通路だという意識が強すぎて、部屋のドア的な意識が飛んでいた。
顔を上げると、上半身裸のままのエディがいた。
「急ぎじゃないから。服、エディ、服着て。下で待ってるよ!」
するりと、エディの手から逃れて1階に降りて行く。
そういえば、代読屋の建物に入るのは久しぶりだ。
1階のキッチンには、代筆屋と違って、色々な物が置いてあった。エディが自分でお茶を入れて飲むのかな?それとも、メイシーがここでお茶を入れてあげてるのかな?
……。私も、アルにお茶くらい入れてあげられるようになった方がいいのかな?
身分の上下は気にしないでと言ったんだから、お茶だって、手の空いた人がした方がいいよね……。
かまどは使った形跡がないから、保温ポットにお湯が入ってるのかな?
3重構造保温箱から、保温ポットを取り出す。そっと周りに手をかざすと十分な熱さがあるようだ。
えっと、これを、ティーポットに注ぐんだよね。
そうだ、お茶の葉が出るのを待つ間、カップをお湯で温めておくんだった。
カップを並べて、お湯を注いで、それを流しに捨てないと。
「リリィー?何してるの?」
「ふえっ?!」
驚いて、手に持っていたカップをひっくり返す。
「熱っ」
カップの中に入っていたお湯が、指先にかかった。カップはそのまま床に落ち、ガシャンと酷く耳障りな音を立てて割れた。
「リリィー大丈夫か!」
エディが蒼白な顔で、私の手をつかんだ。
そして、流しの横に置いてある水がめの中に、手を突っ込んだ。
ジンジンとかすかな痛みのある指先が水の冷たさで楽になる。
水から出した私の手をエディが見る。
「ああ、リリィーなんてことを……赤くなってるじゃないか……」
「ごめんなさい。お茶を入れようとして……」
「二度とするな。リリィーはお茶を入れる必要はない……」
エディの顔が怒りに歪んでいるように見える。
そりゃ、失敗しちゃったけど……。私だって、少しは役に立ちたくて……。
そんなに怒ることないのに……。悔しいような悲しいような気持ちになって、涙がこぼれそうになった。
「リリィー、俺が稼ぐから」
ふいに、エディの両腕が私の背に回された。
「リリィーが、一生自分でお茶を入れなくてもいいように、使用人を絶えず雇えるように、俺が稼ぐから……だから、リリィーは……お茶を入れなくてもいいんだ……」
ぎゅっとエディの腕に力が入る。
「エディ……?」
番頭として、エディの腕は確かだと思う。
きっと、エディがいてくれれば、確かに使用人を雇えるくらい立派な店にできるんだと思う……。
もしかして、お嬢様である私が自らお茶を入れることで、エディの番頭としての矜持を傷つけちゃったのかな?
「白くて綺麗なリリィーの指が……」
体を離したエディが、赤くなった私の指先を見ている。
「痛くないか?」
違う、矜持を傷つけたんじゃない。私の身を心配してくれてるんだ。……。
「大丈夫だよ、エディがすぐに冷やしてくれたから。ありがとう」
笑って見せると、エディがホッとした表情を見せた。