初めてのお客様
今日は「代筆屋」の定休日。
二人で、アルと二人で街を散策することにしました。
店のドアから外に出ると、ライカさんの姿が見えた。
丁度いいや!
「おはようございます、ライカさん!これ見てください!」
店の看板の絵の案を書いた紙をライカさんに見せる。
「これは?」
「看板の案なんです」
「へぇー、お店って、文字を書くお店ね?」
ライカさんが絵を見て、当ててくれた!
「そうなの!文字を書けない人のために、書いてあげる仕事なの!ライカさん、どの絵が一番分かりやすいと思う?」
ライカさんは、絵の案の中から一つ指さした。
「んー、でも、私一人の意見じゃぁ心配だわ。ちょっと待ってて」
ライカさんはそう言うと、食堂のドアを開けて店の中へ声をかけた。
「あにきぃー、ちょっと来て~!」
「何だ~?」
すぐに、店の奥から熊のように大柄な男の人が出て来た。
「ラッ、ライカさんのお兄さん?」
ライカさんは細くて目がクリンとしてるけど、お兄さんはがっしりとした体形で、目が細い。
「そうよ。あんまり似てないでしょ?ふふっ。見た目こんなんだけど、優しいんだよ」
と、ライカさんがおかしそうに私の耳元で囁いた。そっか。優しいんだ。ライカさんはお兄さんが大好きなんだね。
「兄貴、正面の建物で新しく店を始めたリリィーとアルよ」
「初めまして、リリィーです」
ぺこりとお辞儀をすると、ライカさんのお兄さんもつられるようにしてお辞儀を返してくれた。
「ライカの兄のレイモンドです」
少しのんびりとした口調で、レイモンドさんが口を開いた。チャキチャキしたライカさんとしゃべり方まで似てないんだ。思わず笑みが漏れる。
「あのね、兄貴、リリィーさんたちが、お店の看板をどうしようか決めて欲しいんだって。どれがいいと思う?」
レイモンドさんが、先刻ライカさんの選んだものと同じ案を指さした。
「うん、じゃぁ、これで決定ね!ありがとう、二人とも!」
「文字を書いてもらえるのか?その、値段は……?」
レイモンドさんが早速興味を示してくれた!何、何、ラブレターを贈りたい相手がいるわけですか?
「1枚8セインです。2枚目からは、少しサービスして5セインになります」
こっそりライカさんの真似をして練習した営業スマイルの出番!
レイモンドさんが驚いた顔をする。
「そんなに、安いのか?家のランチとそう変わらない値段じゃないか。その値段だったら、1つ頼もうかな……」
うわーい!初依頼だ!
愛をいっぱい込めたラブレターを、書かせてもらいますよ!
「メニューを書いてもらえるかな?」
へ?メニュー?
「いいねえ、兄貴!文字で書いたメニューを掲げると、うちの店の格が上がったように見えるね!早速、お願いしよう!リリィーいいかな?」
ライカさんに頼まれて、食堂のメニューをかきあげる。
「えっと、8セインだったね!」
「あ、お金はいいです。あの、看板の絵を選んでもらったお礼です!」
「そう?んじゃぁ、お礼のお礼に、リリィーの店の宣伝するね!」
ライカさんが太陽のように明るい笑顔を見せた。
「宣伝って、ライカは文字で書かれたメニューを自慢したいだけだろう?」
レイモンドさんに突っ込まれ、ライカさんがアハハと笑った。
「見つけた!」
うん。いい方法見つけた!
一端店に戻ってアルの手を取る。
「見つけたって、まさか、レイモンドのこと?」
不機嫌な顔で、アルが尋ねる。
「そう、レイモンドさん」
私の言葉に、アルの目に怒りとも悲しみともつかぬ色が映る。
「確かに、彼も3Sには違いありませんが……彼のようにがっしりとした方がリリィーが好きなら……」
「え?3S?何言ってんの?レイモンドさんがメニューを頼んでくれたから、代筆屋にお客さんを呼ぶ方法を見つけたの!」
「は?お客を呼ぶ方法?」
呆然としているアルの手を離し、カウンターの奥で、何枚かの紙とペンとインクを袋に入れる。
「さぁ、行きましょう!色んな店を回って、メニューとか看板とかなんでもいいから文字を書かせてもらいましょう!そして、代筆屋に書いてもらったって宣伝してもらいましょう!」
色んな店と言っても、代筆屋が見える場所の店から回る。「あそに新しくオープンした店だ」とあいさつ回りも兼ねるんだ。
アルがくすっと笑った。
「リリィーは代筆屋が休みの日も、店のことばかり考えているんだね」
はうっ!
そういえば……私よりもアルの方がよっぽど3S男子のこと考えてくれてるよね?
レイモンドさんか……。いつも笑っているような細い目だったなぁ。……うん、私はやっぱり瞳の色が見えた方がいい。
アルのような空色でも、エディのような紅茶色でも……何色でもいい。キラキラして綺麗だから好き。
新しい看板も付けた日、ついに初めてのお客さんが来ました!
「代筆をお願いできるかい?」
って、昨日メニューを書いたパン屋のおかみさんでした。
「はい、もちろんです!」
新作でもできてメニューの追加かな?
「1枚8セインで2枚目からは5セインです。紙代混みですが、紙を変える場合は追加料金が発生します」
おかみさんは、テーブルの上に並べられた紙を見て、ピンクとブルーの紙を選んだ。
「子供の名前を書いてほしいんだよ。自分の名前の字くらい教えてあげたいんだ……」
ああそうか。文字の読み書きができないというのは、自分の名前すら書くことも読むこともできないっていうことだ……。誰かのために、名前をハンカチに刺繍することもできないんだね……。
おかみさんの子供は8歳の女の子と5歳の男の子。それぞれ紙に名前を書いて渡した。
「ふふっ。子供もきっと喜ぶよ!家に飾っておくんだ」
おかみさんがとても嬉しそうに笑った。
「あの、ちょっと待ってください!おかみさんと、旦那さんの名前も教えてくれますか?」
「そうだったね。自己紹介もしていなかったよ。旦那はジョン。私はドナだよ」
急いで手元の紙にジョンとドナと書く。
「こちらが、ジョン、これがドナです」
「え?」
「ドナさんが、初めてのお客さんなんです!だから、サービスです!」
ドナさんは「ドナ」と書かれた文字を指でなぞった。
「ドナ……これが、私の名前……」
まるで宝物のように、愛おしそうに文字を見ている。
名前……。よく、名前は親が子供に贈る初めてのプレゼントだっていう。名前は宝物なんだ。
「ありがとう」
お礼を言われて、胸が熱くなる。
私、店を初めて良かった!
「アル、ねぇ、アル……」
振り返ってアルにもこの喜びを伝えようとしたら、アルが慌てて駆け寄ってきた。
「リリィー、大丈夫?」
アルがポケットからハンカチを取り出して私の頬にあてる。
あれ?私、もしかして泣いてる?
「大丈夫よ、アル。私、嬉しくて……私の書いた文字であんなに喜んでもらえるなんて……代筆屋始めてよかった!」
「人に喜んでいることに幸せを感じられるリリィー……変わってない……」
変わってない?
「でも、喜ぶのは後にしよう、ほら、お客さんがまた来たみたいだよ?」
店のドアが開く。慌てて涙をぬぐって笑顔をつくる。
「いらっしゃいませ、代筆屋へようこそ」