王室の事情
「いらっしゃい、今日は何にする?」
店内に入ると、ライカさんが早速席に案内してくれた。今日はまだ時間が早めだからなのか相席にはならなかった。
「果実水とランチを二つずつ」
そう言って、テーブルの上に大銅貨を4枚出す。うん、今日はちゃんと金貨じゃないお金を持ってきたの。
それから、つけにしてもらってあった前回の分も忘れずに持ってきた。
「ありがとう、今おつりを用意するわね」
ライカさんが、エプロンのポケットに手を突っ込んだ。
「あ、おつりはいいわ!つけてもらったお礼というか、おわびというか……この間は本当に助かったので……」
「気にしなくていいのに。かえって悪いわ。そうだ、じゃぁ、この分何かサービスするね!」
ライカは、明るい笑顔を見せて厨房に向かった。
欲がないいい人なんだ……。料理も美味しいし、いい店だよね。ってアルと話をしているうちに、料理が運ばれてきた。
ランチのパンがサービスで肉パンになっていた。
「ええ、いいの?」
ライカさんの顔を見ると
「もちろん。うちの肉パンの味も試してもらえてちょうどいいわ!肉パンは持ち帰りもできるからね?」
「本当?じゃぁ、店番しながら食べられるんだね!」
もし、店が繁盛してきたら……肉パンを昼食にするのもいいかもしれない。
「ああ、そうそう、店がオープンしたんだね。何日か前から花が出てたから。で、何の店なの?」
はい?
「看板に書いてあるとおりの店……なんだけど……何の店か分かりにくい?」
『代筆屋 気持ちを文字で伝えます』じゃだめだったかな。『ラブレターを書きます』とはっきり書いたほうがよかったかな?
私の言葉に、
「お客さんとも、何の店だろうねって気になって話はしてるんだけど……誰も字が読めなくて」
と、ライカさんが笑った。
ふおっ!
字が読めなくて……?
字が読めなくて、看板の字も読めなくて……何の店か分からなくて……。
うおーーーーーい!
客が来るわけないじゃんっ!
なんてことだ……。
「ライカさん、看板を付け替えるわ!それで、新しい看板見て、何の店か分かるか教えてもらえないかな?」
「いいわよ。クイズみたいで楽しみだわ」
ランチを急いで食べて店に戻った。
「まさか、看板の”文字”が読めないとは気が付かなかったわ……私としたことが……」
代読屋が必要だと言ったのは私自身だったのに。
ロゼッタマノワールが普通に看板に文字が書かれていたので、うっかりしていた。確かにライカさんの食堂の看板は絵だ。
「そうですね、僕も気が付きませんでした……」
当たり前のように文字が読めるから、読めないとどういうことが起きるのかっていう想像ができなかった。
アルと二人で、看板の絵をどうするのか考える。紙にペンで文字を書いている絵でいいだろうか。
ああでもないこうでもないといくつかデザインを考えているうちに、あっという間に時間が終わってしまった。
ロゼッタマノワールに重たい足取りで戻る。
今日は、私の嫌いな貴族年鑑の授業だ……。先生は、ロッテンさん……。
「メイシー、では復習として現在の王の系譜を」
あ、これは私でも答えられる。
「はいっ。現在我がアンドゥールを治めるのは、フィリップ陛下です。正妃のエリザベッタ様。第一側室にマーガレット様。第二側室はシフォンヌ様」
そうそう。エリザベッタ様は、私の母方曾祖叔母様で、シフォンヌ様は父方の大伯母様だ。
「エリザベス様との間に、第一王子、第一王女、第二王女。マーガレット様との間に第三王女、第五王女。シフォンヌ様との間に第四王女と第二王子がお生まれになりました」
そうそう。元婚約者の第二王子は、私の従叔父だったのよね。
っていうか、常識すぎてなんで今更王家の復習?と、あくびをこらえていたところ、ロッテンさんの厳しい声が響いた。
「では、今後起こりうることを考えてみてください。ご存じのように、現在陛下は60歳。第一王子は41歳。第二王子は17歳におなりです」
え~、これからのこと?
陛下がお亡くなりになったら、第一王子が即位するでしょ。
王子の間は一夫一妻だけど、即位して王になれば側室を迎えられるようになる。第一王子夫妻に現在お子様はいらっしゃらないんだよね。
だから、第一王子は即位したら若い娘を側室として迎え入れるのは確実でしょ?
もし第一王子が男子なきままお亡くなりになったとすると、第二王子が跡を継ぐよね?病弱でどこかへ療養してるのに大丈夫なのかな?
で、第二王子までお亡くなりになった場合の次の相続は……王家の血筋をたどった男子。え?あれ?誰が継承権高いんだっけ?
陛下よりも高齢な方は継承権リストから外れるでしょ、それから……。確か、お父様は王位継承権10位くらいだったよねぇ。
元婚約者の元ダズリー公爵家の人間も継承権持ってたはずだ。投獄された元公爵と廃嫡された元長男にはすでに継承権はないけど、元婚約者には継承権があったはず。あと、もう一つの元婚約者フレリー公爵家三男にも継承権があったはずで……。それも、結構準備が上の方だったはず。
今考えると、婚約破棄されて本当に良かった。うっかり王の座が転がりこんできたりたら、私王妃とかになっちゃってたかもしれないんでしょ?
「現在の第一王子の年齢を考えると、一刻も早く側室を迎えられるようにと、陛下が退位される可能性があるということでしょうか」
ロッテンさんがメイシーの答えに丸を示した。
そっか。
何も死ぬまで王位にしがみつくことも無いんだ。確かに、陛下はあと10年は余裕で生きそうだもんなぁ。そうすると第一王子も50歳か。50歳から側室と子作りは大変そうだもんなぁ
「ということは……リリィー様が側室の可能性が?!」
は?
いやいや、側室候補なんていくらでもいるでしょうよ!
何で私!何で私なのよっ!
「適齢期の女性で、家柄も申し分なく、王家に嫁げるだけの十分な教育を施された女性……」
「ええー、やだ、やだよ!第一王子は嫌いじゃないけど、年が離れすぎてるし、側室なんて2番目とか3番目の女じゃないっ!私だけを愛してくれる人と結婚したいよっ!そ、そうだ、メイシー、メイシーが側室になればいいんじゃないかな?適齢期のだし、私と一緒に教育受けてるし、家柄が問題っていうなら、伯爵家とか侯爵家の養女になってから嫁げば問題ないよね?」
「リリィー様、私も嫌ですっ。位の低い側室なんて、他の側室の格好のいじめの的じゃないですか!いじめで済めばいいですよ……妊娠が発覚したら暗殺とかされちゃうかもしれないじゃないですか!」
「そ、そうね、じゃぁ、公爵家の養女になればいいわ!えっと、私の方が誕生日が早いから、私の妹、そう、私の妹になればいいわ!」
「ウォッホン」
ロッテンさんの怒気を含んだ咳払いに、私とメイヤーは口をつぐんだ。
「リリィー様、メイシー様に限らす、全ての未婚の適齢期の女性に可能性があります。ですから、今後は側室になった時のための学習内容も含むことにいたします」
げー。勉強することが増えるの?っていうか、側室になった時の学習ってなんだ?
「暗殺対策も含め、正妃や他の側室との付き合い方を学んでもらいます」
暗殺、マジであるのかよっ!
私もメイシーも小説の中だけの話だと思って軽く見てた。
やだ、側室怖い!
一刻も早く婚約者をゲットしなくちゃ!さすがに、婚約者のいる女性は対象外だよね?
青ざめる私とメイシーを相手に、ロッテンさんが淡々と、臭いのある毒物の説明を始めました。マジ怖っ!
いつもと同じ朝。
アルの部屋にはアルの代わりにエディがいた。
「あ、そうか、今日はアルが休みで代わりにエディが代筆屋をする日だったね!」
「ああ、リリィーよろしく」
エディには、昨日あった出来事と新しい看板を作る話をした。
「看板か。確かに、文字の読み書きできない人は『代筆屋』という文字は読めないな」
「そうでしょ!私もアルも全く気が付かなかったのよ!で、どんな絵を入れたらいいのか考えたんだけど、エディはどれがいいと思う?」
エディに、昨日アルと考えて代筆屋の看板に入れる絵の案を見せる。
「んー、そうだな、ライカさんだっけ?彼女に選んでもらった方がいいんじゃないか?」
お!
「そうだね!その通りだ!伝わらないと意味がないもんね!ありがとうエディ!」
流石エディだ。色々と参考になる話をしてくれる。
あ、そうだ。相談してみようかな。エディならいいアドバイスくれるかもしれない。
「エディ、相談したいことが他にもあるんだけど」
「何、リリィー」
何かを相談されることが嬉しいのか、エディが嬉しそうに声を弾ませた。
「どうしたら、3S男子をゲットできるのかな?」
相談内容を口にしたら、エディが眉を寄せた。