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音がする  作者: M38
音がする
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 カシュッ、カシュッ、カシュッ、カシュッ。

 カシュッ、カシュッ、カシュッ、カシュッ。



「というような音なんです」

「そうか……」

 

 夕飯を食べ終えた風間さんを2階のぼくの部屋に招きいれ、窓のサッシを使ってあの音を再現してみせた。 開け放した窓からあたたかな夜風が、桜の香りと共に舞い込んでくる。


「なんの音だかわかりますか?」

「さあ……でも、どこかで聞いたことがあるような気がする」

「でしょう?」

「ああ。だが、すまない。今は思い出せそうにない」

「いいんです。大したことではないので。ただの空耳だと思います」

「いつから聞こえるようになったんだい?」

「昨日、学校で友だちがサッシを擦っているのを聞いたときからです。たそがれどきに」

「たそがれどきか……トワイライトゾーン、逢魔が時とも言うよね。魔が出やすい時間帯だ」

「それって、本当のことなんですか?」

「日が暮れて薄暗くなりはじめる頃だから、目が慣れるまでは道で会っても誰が誰だかわからないよね。妖怪がいてもおかしくないかもしれない。まさに、あの世とこの世のグレーゾーンだ。禍々しい雰囲気を感じとり、昔の人が命名したのだろう」

「ぼくの父が殺されたのも、たそがれどきなんです」

「本当かい?」

「祖父も祖祖父もたそがれどきに死んだそうです」

「偶然にしてはおかしいな。死因を聞いてもいいかな?」

「はい。父は風呂場でケモノのようなモノに八つ裂きにされました。祖父は頭を殴られ、そこの川岸で殺されていました。そのとき一緒に、下の集合住宅に住む女子高生の水死体が発見されています。こちらは誤って川に転落したものとみられています。あの川の水深は1メートルもないのですが……。祖祖父はうちの井戸で川のそばのアパートに住む女性と一緒に溺れ死んでいました。そのそばで、祖祖母が自殺していました。どの事件も犯人や動機はわかっていません。これらはすべて、大神家の当主の誕生日当日のたそがれどきに起きた事件です。この因縁はぼくの祖先の男子に限り、何世代も前からくりかえし起きている事象です。地元では大神一族の祟りと恐れられています」

「そうか……とても不思議な話だね。その前の先祖のことは詳しくはわからないのかな?」

「そこまでは、ぼくにはわかりません。よろしければ、うちの空部屋に放置されている文献を調べてみてください。古文書や巻物のたぐいがたくさんあります」

「本当かい? よかったら見せてもらえるかな。郷土史の補足資料としても使わせてもらえると助かるんだが」

「かまわないですよ。大神家は度重なる事件でさんざん恥をかいてきましたから、もう、隠すことなんて1つもありませんから」

「すまない。そうさせてもらえると大助かりだ。謝礼金を払わせてもらえるかな? そんな貴重な資料を無断で見せていただいては、君のご先祖さまに申し訳がないからね」

「謝礼なんていらないです。それこそ、ご先祖さまに怒られちゃいますよ。下の部屋です。行きましょう」

「ああ。おや? ここまで川の音が聴こえてくるんだね」


 部屋を出ようと立ち上がった風間さんが、窓の外にひろがる暗闇に目を凝らした。


「桜の花びらが川を埋め尽くして絨毯のようだ……。ライトアップされているんだね。夜とはいえ、素晴らしい光景だ」


 同じ景色を同じ感性で表現する風間さんに、ぼくは感動した。世の中にこんなに分かり合える人がいるなんて。感激して風間さんに言葉をかけをしようとした、そのとき。


「あれ? あきらくん! 下の森の中にいま、女の子の姿が見えなかったかい?」

「え? どこですか?」


 ぼくはいそいで窓から身を乗り出して、下を見た。だが、何も見えない。


「あそこだよ! あの大きな樹の根元の辺りに……あれ? もういない。おかしいな、たしかにおかっぱ頭の人影が見えたはずなのに……」

「おかっぱ? おかっぱボブですか?」

「ああ、最近じゃそう呼ぶんだっけ? 小柄な人だったよ」

「そうですか……」


 もしかしたら、優子だ。彼女はおかっぱボブで背が低い。あいつの性格からしたら考えられないが、学校を休むぐらいじゃ、相当思いつめているのだろう。ここはそっとしてやり過ごすしかないな。


「知り合いの子かい?」

「もしかしたら……前の彼女です」

「そうか……じゃあ、そっとしておいた方がいいかな?」

「はい……」


 風間さんも同意見だった。事情を察してくれたのだろう。アザのことまで言及してこなかったので助かった。彼の大人の対応に感謝した。

 2人で階下に降りて行くと、タマが例の大黒柱でガリガリと爪をといでいた。


「こら、タマ! 母さんに怒られるぞう」

「猫は爪とぎが大好きだよね」

「そもそも、なんで猫は爪をとぐのでしょうね? 爪が伸びるのを防ぐためなのかな?」

「ストレス発散とかマーキングの意味もあるそうだよ。武器の手入れをするのが主目的なんだろうけど。よく切れるようにとぎ澄ますのだろうな……確実に獲物を仕留めるために」

「……タマはねずみ1匹獲ったこと無いのに」

「ハハハハ、いつかヤル日が来るだろうと、狙い澄まして待っているんだろうね。獲物を狙う猫のようにって表現があるぐらいだから」

「そうですね。いつかそんな日が、タマにもくるかもしれませんね」


 1階の1番奥にある空き部屋に風間さんを案内した。たくさんの文献や巻物が乱雑に置かれていて足の踏み場もないような部屋だが、風間さんは嬉々としてそこに入り込み、たちまちの内に書物の海に埋没していった。春だというのに少し肌寒いその部屋に電気ストーブを持ち込んだ。

 今日は風間さんは泊まりだろうと思い、客間にふとんを敷いてから台所でお茶を淹れた。お盆に茶椀を載せて風間さんのところへ運ぶ途中、外へ出してくれと催促するタマのために裏口を開けてやった。そのとき、サンダルがドアの外に出ていた。サンダルを裏口のたたきに入れながら、母は今日そんなに慌てて外出したのかと思ったぐらいで、特に気には留めなかった。江波さんと会うことに浮かれ、玄関の鍵を閉め忘れたり、サンダルを出しっ放しにするなんて。母は、彼にかなり本気なのかもしれない。そういえば、今日はやけに念入りに化粧をしていたような気がする。

 お茶が冷めてしまうと思い、いそいで風間さんのいる部屋へ向かった。風間さんは夢中で文献をめくっていた。そんなに興味深い話が載っていたのだろうか?


「風間さん、お茶をどうぞ。よろしかったらその文献、自宅に持ち帰ってくださっても結構ですよ。うちにあっても虫に食われるだけだから、村に寄贈しようかと母と話していたんです」

「ああ! すまない。つい、夢中になってしまって。貴重な資料ばかりだ。大神家は立派な家柄なんだね。この村すべてが、君の祖先の土地だったみたいじゃないか」

「はい。でも、昔のことです。今はこの通り、この小高い山しか残っていません。下の集合住宅に住んでいる人たちの方が、よっぽど裕福なんです」

「そうかもしれないけど、すごい歴史だね。古くは平安時代までさかのぼれるんだ。ここにちゃんとした家系図があるよ。江戸時代末期に四国から移り住んで来たんだね」

「はい。そうらしいです」

「四国から来てこの土地を治めたのか……」

「なにか?」

「いや。四国には犬神伝説があるからね。君の家の大神という苗字と何か関係があるのかと思って」

「犬神? その話は聴いたことがありません。元々ここに住んでいた一族と、四国からやってきた大神家が婚姻を結んだと聴いています」

「そうなんだ? じゃあ……この土地にもともと住んでいた君の祖先が、四国からき来た大神家に婿入りしたんだね?」

「はい、そうです。よかったら、冷めないうちにお茶をどうぞ」

「ありがとう。いただきます」


 ぼくたちはお茶を飲んで一服した。



 ボーンボーン、ボーンボーン、ボーンボーン、ボーンボーン。



 廊下の柱時計の音が、やけに大きく聴こえてくる。夜の11時になっていた。


「高校生を夜更かしさせてしまって申しわけない。受験勉強があるんだろう?」

「大丈夫です。いつも遅くまで起きてるし、受験はだいぶ先です。推薦かもしれないし」

「でも、あっという間だよ。勉強はなるべくしておいた方がいい。でないと、ぼくみたいなダメな大人になってしまうからね」

「大人か……ぼくも、なれるのかな?」

「君が悲観的になるのも無理はないけれど……これだけ事件が続くとね。あきらくんは『タマノリ』という言葉を聞いたことがあるかい?」

「タマノリ? それって、玄関のピエロみたいな曲芸のことですか?」

「いや。タマはたまでも魂のことなんだ」

「たましい……?」

「ああ。人から人や物へ、魂がどんどん乗り移っていくんだよ。魂というか人の怨念がね。そういう現象があるんだ」

「怨念……恨みの念でしょうか?」

「そうだね。ひどいことをされたと思いながら死んだ人間がその瞬間の念を引きずって、何かを媒体にして次々に転生をくりかえしていくんだ。タマノリのノリは乗り物に乗るという意味だ。魂の乗り物は必ずしも人でなくてもいい。虫や動物、無機質な人形や機械物でもいいんだ。代表的なモノが、愛用品や愛玩動物だ。死ぬ人が最後に目にしたモノでもいいんだよ」

「乗り移られた人間や物には、誰かを恨んでいたという記憶が伝わるのでしょうか?」

「それは、個々の事例によって違うらしい。最初から覚えているときもあるし、ふとしたときに思い出して復讐を遂げる者、ある一定の時期がくると記憶が甦るものと様々だ」

「ある一定の……ぼくの一族みたいですね」

「ああ……あてはまるかもしれない」


 風間さんが黙り込んでしまった。彼らしくない。お茶をすすりながら古い巻物をほどいてみたりして、深い思考の渦に紛れ込んでしまった風間さんが現実世界に戻ってくるのを待つことにした。蛍光灯の明かりに小さな虫が群がりはじめた。夜もだいぶ更けてきたみたいだ。柱時計がボーンと1つ鳴り、三十分が経過したことを知らせた。


「ああ! あきらくん、済まない」

「いいえ。何か思い当たることでもお有りなんですか」

「ううーん……参考になるかはわからないが、ぼくの体験談を聴いてくれるかい?」

「ええ! ぜひともお願いします。霊感に関することですか」

「そうだ。ぼくは子供の頃から少し霊感があると言ったよね」

「はい」

「小さい頃、周りの人たちの死ぬ時期がぼくにはわかったんだ。死ぬ人は黒い輪っかに囲まれ出すからね。それが段々と小さくなり遂に胸の中に納まってしまうと、その人は亡くなるんだよ」

「え? じゃあ……ぼくにも見えるんですか? その、黒い輪っかが……」

「いやいや、それは子供の頃の話だよ。今はその能力は無いんだ。それで、あんまり気味が悪いんで、両親がぼくを小学校卒業と同時に、岡山に住む行者さんに預けたんだ。だからぼくは、中学は1年間だけ山陽地方に通ったんだよ」

「行者に?」

「ああ。遠い親戚の紹介でね。行者さんといっても奥さんと子供が2人いる、農業を営む普通のおじさんだったよ。ぼくは気楽な旅行気分でお世話になっていた。週末になると行者さんの住む大きな田舎家の前には、不思議な現象や悩み事を相談にくる大勢の人たちが長蛇の列を作っていた。行者さんは目を瞑り九字を切っては何事かを唱えていたよ。そうすると大抵の人は、体の調子が良くなったり家に帰ると困り事が解決していたりと吉報がもたらされた。行者さんはとてもいい人で、それらを無償で行っていた。行者さんが祈祷する様子をそばで見ていただけなのに、半年もするとぼくは黒い輪っかが見えなくなった。今思うと、その行者さんのパワーが、何か作用をしたんだと思う。行者さんは常々言っていたんだ。『霊感で人の死期んて悟るもんじゃねー。不思議な力は人のためにつこーてこそ生かされるんじゃ。おめーはそのために、霊感を持って生まれてきたんじゃ』とね。ぼくはその言葉を、今でも忘れられない。そういう使命がぼくにはあると、いまでも信じている」

「修行をしたからといって不思議なパワーが備わるというわけではないんですね」

「そういうこともあるが、生まれつき持っている人が修行をすると更なるパワーが加わるんだ。ある日突然、開眼する人もいるしね。とにかく、天から授けられたモノであることは確かだよ。その行者さんは子供の頃から霊感があったので、若いときに厳しい修行を積んで更にそれを進化させたそうだ。ある日、いくら呪っても相手が不幸にならない、自分の代わりに行者さんに相手を呪い殺してくれないかと相談にきた女性がいた。真っ赤なワンピースを着て長い髪を振り乱し、目を血走らせていた。行者さんは、そんなことをしてはいけないとこんこんと諭して家に帰した」

「その女は、どうしてそんなに相手を憎んでいたんですか?」

「あきらくんも大人になるとわかると思うが、人は誰かを憎いといったん思いはじめると、自分ではどうしても止めることが出来なくなるんだ。彼女の場合は旦那さんの不倫が原因だった。若いホステスとの間に子供まで作って浮気していた。奥さんには子供がいなかった。こども心に彼女がかわいそうだと思ったよ。行者さんに相談に来る人たちはいい人たちが多かったけれど、中には悪い心を持った人も大勢いた。でも、その人たちだって元は善人だったはずだ。彼らを取り巻く環境と運命が、悪心を持たなくては生きていけないような人間を作り出してしまったんだ。『人の運命にゃーほんまは介入せん方がええんじゃ。運命を変えるこたーできん。たとえ寄り道をしたとしても、時はぜってー元の道を求める。逆ろーてはおえんんじゃ。圧力が増すからな』と、行者さんは口癖のように、いつもぼくに言っていた」


 風間さんの話を聴きながら、ぼくがなぜ彼に魅力を感じたのかその理由がわかったような気がした。ぼくと風間さんは、十代のときに死の世界を垣間見てしまった。だから、年齢よりも随分と早く精神が老成化してしまったのだ。ぼくたちは物事の見方がとてもよく似ている。


「赤いワンピースの女性は、それきり来なかったんですか?」

「ああ。彼女は死んだ」

「どうして? 殺されたんですか?」

「いや。自殺だった。それも、旦那さんとその愛人と子供を道連れにして。包丁で3人を刺し殺し、最後に自分の首を刺して死んだ。行者さん宛てに血まみれの遺書が残されていた。行者が呪ってくれなかったからこのような事態になった。どうしてくれる。死んだあとまで呪ってやるとね。行者さんはその手紙をお焚き上げしてお払いした」

「不幸な事件ですね。でも、とんだ逆恨みだ」

「ああ……だが、この話はここで終わりじゃないんだ。それからすぐ、行者さんの言動がおかしくなった。いつも白い着物で祈祷や相談を受けていたのに、突然まっ赤な着物を新調して、1日中それを着るようになった。家業である農業もまったくやらなくなり、畑は荒れ放題になっていった。そして、相談に来た人たちに法外な祈祷料を要求するようになったんだ。行者さんの家には相談者は元より近所の住民すら寄り付かなくなってしまい、困り果てた奥さんは隣り村の実家に子供を連れて帰ってしまった」

「風間さんは? 風間さんはどうしていたんですか?」

「ぼくはまだ期末テストが残っていたから、それを受けてから実家へ戻り、東京の中学に編入する予定だった。しばらくは行者さんと2人だけの生活が続いたんだ」

「風間さんは、なんともなかったんですか?」

「ああ。行者さんは、ぼくには特に変な言動はしなかったんだよ。ぼくはとにかく行者さんの体が心配で、食事の世話や掃除洗濯などの家事をすべてやっていた。ある日の早朝、行者さんの親友の祈祷師さんが訪ねてきた。ぼくはその祈祷師さんに、赤いワンピースを着た女の『タマノリ』が起きているから、すぐにこの家を出ろと言われた。そのとき初めて、タマノリという現象のことを教えられたんだ。女の服の色を言い当てた祈祷師さんの言葉に、ぼくは真底ゾッとした。その日のうちに両親に迎えにきてもらい、夜遅くに東京へ戻ったんだ。期末テストは断念した。新しい学校で追試を受けたよ。祈祷師さんは行者さんの元に残り、お払いを試みると言っていた。意思の強そうな立派な人だった」

「それで、そのあと行者と祈祷師はどうなったんですか?」

「それが……ぼくが東京に帰った翌日に関係者は全員、亡くなってしまったんだ」

「ええ! 全員ですか?」

「ああ。ぼくが最後に祈祷師さんを見たのは、たそがれどきの薄暗がりの中だった。農家に隣接している祈祷所で、真っ赤な着物の行者さんを向かい側に座らせ、護摩を焚いてお払いの準備をしていた。ぼくは両親と一緒に彼らにあいさつをしてすぐに旅立った。翌日、祈祷師さんはそのお焚き上げの護摩壇の中に、頭を突っ込んだ状態で発見されたそうだ。うしろから火の中に頭を押し付けられていた。行者さんは隣り村の奥さんと子供たちと一緒に遺体で発見された。包丁で全員を刺し殺し、自分も自身の首を刺して自殺したそうだ」

「陰惨な事件ですね……ではその『タマノリ』が、ぼくの家でも起きているんですね? 阻止するにはどうしたらいいのでしょうか」

「残念ながら、ぼくも長年その答えを求めて日本中を旅して周っているんだが、いまだに結果が得られない。こんな言葉を知っているかい? 『行者の成れの果て』だ。術に溺れた行者が陥る魔の落とし穴だ。祈祷師さんは自分の力量を見極めていなかった。どこかで自分の力を過信していたのだろう。魔に対抗できるほどの力は持ち合わせていなかったのだ。油断したに違いない。一瞬の隙を縫って魔はやってくる。その点はぼくも日頃から気をつけているんだ。自分より強い力の持ち主には決して真っ向から勝負に挑まない。事前に回避することにしているんだ。魔の力は絶大だ。100年余りしか生きられない人間が太刀打ちできる相手ではない。何度生まれ変わっても無理かもしれない。なにしろ彼らは、何億年も前からこの地球に生息している、魔と呼ばれる物質の塊なのだからね」

「では、どうにもしようがないということですか? 運命を受け入れるしか……」

「いや、回避は出来ると思う。要は君が、自分の誕生日のたそがれどきに、この家に居なければいいんじゃないだろうか? 水も関係しているみたいだから、川や風呂場などの水場にも近づかないほうがいい。そこでなんだけど、来週の土曜日にぼくの東京の家に泊まりに来ないかい?」

「いいんですか? ぼく、東京に泊まったことがないんです!」

「君みたいなイケメン、我が家の女共はいつでも大歓迎だよ! うちにおいでよ! 今すぐでもいいよ」

「でも、学校と十九回忌があるから……。そのあとでお邪魔してもいいですか?」

「ああ、いいよ。たそがれどきになる前に、電車に乗って東京に向かおう!」

「はい! ありがとうございます!」

「ハハハハ! そうだよ! 若者はそうやって明るく笑ってなくちゃ。未来に向かってね」


 未来。ぼくには考えられなかった明るい未来がこの先に待っているかもしれない。その証拠に、あの不思議な音も風間さんの美声にかき消されまったく聴こえてこなかった。ぼくは輝かしい未来を夢見て、最高に幸せな気分で床に就いた。

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