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まだ夜も開けない頃。木々の生い茂る森の中を、小さな影が疾駆する。
影の身長は100cm程度、フード付きのローブに隠されて素顔は見えないが明らかに子供だろう。
影は森の中を暫し走った後に泉の側で足を止め、息を潜めながら泉へ意識を向け、そこに居た鶴程はある鮮やか赤色の鳥に目を付けた。
(装飾鳥か…!)
装飾鳥。名の通りその羽根は装飾品としてそれなりの値段で取引され、肉は食用にされる野鳥だ。
血で汚れると換金率が下がり敬遠されがちな野鳥であるが、影は拳程の石を投げ当てて動きを止めると同時に走り出し、暴れる装飾鳥の首を折って止めを刺した。
◆◇◆◇
そんな訳で僕は生まれ変わったらしい。
自分が死んだらどうなるかなんて考えたくは無かったのでこうなってくれるならありがたい。
そして運が良かったのか僕は裕福な家に生まれた。家名は無いから貴族では無いけど面倒事が回って来ないし一番下の子だから割と自由だしとてもいい環境だと思う。今の名前はサイカだ。
夜明け前に森から帰って来た僕は屋敷に戻って、血抜きを済ませた肉を厨房にこっそり置いてから、水を汲んだ桶を抱え自室に戻る。
「〈波に揉まれて熱を持て〉」
簡単な魔法でお湯を沸かして、身体を拭くためにローブを取ると身体の半分近くはある、一対の長い兎耳が現れる。
体の違和感はもう無いけど、人間の頃に無かった物はやはり邪魔くさいのでこうやってしまっている。
毛の生えた長い耳は母親譲り、人兎族の特徴だ。
ついでにしっぽはついている。体毛は足回りだけだけど洗い難くて不便だ。時間をかけてしっかり洗って、部屋を抜け出す前の寝間着に着替える。
パンツにはしっぽを通す穴もあったりして獣人に優しい作りになってたりする。
そして父さんは鬼人族、力強く体力のあるイケメン亜人族だ。捻れた黒い二本角が猛々しい。
普通亜人同士の子はどちらか片方の種族として産まれる訳だけど、極稀にハーフも生まれて来る事があるそうだ。
つまり何が言いたいかというと。
「…」
鏡に映る自分は魔族と言われても頷いてしまいたくなる物だった。
耳だけ見れば普通だけども、皮膚の貼った小さな二本角、幼い輪郭の中央に一つだけ堂々と居座る大きな瞳。
少なくとも地球の人ならば悲鳴を上げそうなクリーチャーがそこにいた。
一つ目はお爺さんの遺伝だと聞いた。
単眼族は鬼族でも武勇に長けた誇りある一族だそうだ。前世では普通の鬼族にしか会わなかったからなぁ…
他の人に気味悪がられたりしないとは言われたけど甘やかされて育ったうえ身内としか会ってないから不安でしょうがない。初めて鏡見た時は自分で引いたし。
「悪くないとは思うんだけど…」
鏡の中の自分とにらめっこを繰り返す。
本によると亜人のハーフは"番待ち"と言ってある程度成長して自分の相手を見つけるまでは性別は無いのだそうだ。今が5歳なので男に戻るにしてもあと十年はかかる。つまり今の僕に男の矜持というものは無い。ないったらない。そもそも男物の服も手持ちに無い(服は姉のお下がりだ)のでどうしようもない。世知辛い世の中だ。
「…サイカ様」
「ひゃい!!?」
いつの間にか背後にはメイド。音はしなかったのに!?
僕が驚いて変な声を上げている間、彼女…狼人族のメイドは少し疲れた顔で「何されてるんですか」と言いながら目頭を揉んでいた。
「でる時はばれなかったと思ったんだけど…なんでばれたか聞いてもいいかな、カルハ」
「弁解とかされないんですか…」
「しようがないもの」
「はぁ…匂いですよ。確かに洗ってあったのでしょうけど私は狼人族ですので。夜盗でも出たかと焦りましたよ、仕事増やさないで下さい」
「それについてはごめんなさい」
匂いか…そこまで気が回らなかったな。やっぱり確実に鈍ってる。
「いいですけども…厨房の肉は狩ったんですか?」
「うん、狩り方教えてくれてたすかったよ。これでお兄様のお祝いができる、ありがとう」
今日は兄が見習い騎士として王都に行くお祝いがあったので、精一杯の感謝を彼女に伝える。
「流石に失敗すると思って教えたんですけどね…なんで出来ちゃったんですか…」
そういってカルハは頭を抱える。なんか僕のせいで胃に穴空いたりしないだろうか。
今度ハーブティーでもいれてあげようと出て行った彼女を見ながら心の中に止め、また寝間着から着替えながらその日の朝は明けていった。