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「わたし……とんでもない自惚れ屋だったわ……」
セリーナはカップに視線を落とし、ぽつりと呟いた。
ここ最近、ずっと胸につかえている思いを誰かに聞いてもらいたくて、ミリンガム家から住み慣れた屋敷へ戻ったその足で、ナッツィ夫人のいる厨房まで押しかけたのだ。
そんな彼女に、ナッツィ夫人は何も言わず、ミルクを温めて特別に蜂蜜を入れたカップを差し出してくれた。
「結局、モンゴメリー卿からプロポーズされることはなかったわ。かなり手ごたえがあったのに。もちろん他の男性からもまったくなしよ」
クロエの誕生パーティーでは、モンゴメリー卿と二回も踊った。
他の男性とも言葉を交わし、笑みを交わし、ダンスに誘われて楽しんだ。
あの夜は、悩み事ばかりのセリーナにとって、初めて年ごろの娘として過ごせた夢のような時間だった。
だが、それだけ。
どの男性と踊っても、胸が高鳴ることはなかった。残念ながら、モンゴメリー卿とも。
それでも彼といれば、優しく穏やかな気持ちでいられる。
セリーナに与えられていた部屋の前まで送ってくれた別れ際、改めて明日の時間を求められた時にはプロポーズを期待した。
ところが翌日、約束していた昼食前の散歩では、モンゴメリー卿の態度はひどくよそよそしいものに変わっていたのだ。
何かとんでもない失敗をしてしまったのだろうかと心配しているうちに、昼食の席でモンゴメリー卿が急きょ屋敷を発ったことを知らされた。なんでも王都で大切な用事が出来たと。
「わたし、婚活を甘く見ていたわ。正直なところ、わたしのように若くて、子供に受け継がせる爵位と土地を持っていれば、花婿なんて入れ食い状態だと思っていたのに……」
「あらあら、お嬢様。〝入れ食い〟だなんて、釣りで使う言葉ですよ」
「でも、釣りも婚活も、似たようなものじゃない? 獲物の好みに合わせて擬態しておびき寄せたり、条件という餌を提示して釣り上げるんだもの」
呆れ調子でたしなめる夫人に反論したものの、セリーナは気落ちしたようにうつむいた。
状況はひっ迫しているのだ。ここでのんびり次の機会を待つわけにはいかない。
「こうなったら、多少の出費は我慢して、王都まで行くしかないわ。クロエたちミリンガム一家は、この冬の間は王都で過ごすんですって。もし今回上手くいかなかったら、一緒に行きましょうって言ってくれてたの。これ以上クロエたちに甘えるのは心苦しいし、この屋敷を留守にするのも心配だけれど、仕方ないわ。あとでたっぷりミリンガム家には恩返しをすることにして……。そうね、王都で夫を見つければ、そのまま挙式も出来るし……」
セリーナの新たな決意は、新たな計画に変わっていく。
「お嬢様は本当にそれでよろしいんですか?」
一人ぶつぶつ呟く彼女に、ナッツィ夫人が問いかける。
今さら何を言うのかと訝しげに見ると、夫人は驚くほど真剣な表情をしていた。
「あたしはお嬢様がお産まれになった時から見てきていますからね。お嬢様のことは、ちゃんと知ってるんです。ご本人以上にね」
「……どういうこと?」
「それはあたしじゃなくて、ご自分の胸に聞いて下さいな」
人好きのするいつもの笑顔に戻った夫人が、片目をつぶって見せる。
さっぱり意味がわからず、セリーナがもっと詳しく訊こうとしても、豪快に笑うだけ。
「さあさあ、ルーカスさんをお誘いになって、居間でゆっくりなさって下さい。そうすれば、答えが見つかるかもしれませんよ」
夫人はお茶を用意したトレイをセリーナに差し出し、ドアへと強引に押しやった。
背は低いが恰幅のいい夫人に力では勝てず、――争う気もないが、――そのまま厨房の外へと出たセリーナは途方に暮れてトレイを見下ろした。




