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「どう? おかしなところはない?」
セリーナはとっておきのイブニングドレスを着てその場でくるりと回り、部屋に入って来たばかりのルーカスに見せた。
アンダースカートでふくらませたドレスがふわりと舞い、なめらかなシルクが窓から射し込む午後の陽光を受けてきらきらと輝く。
ルーカスは眩しそうに目を細め、うなずいた。
「どこからどう見ても、素敵なレディですよ。まるで私の知るお嬢様ではないようでございます」
「……それって、褒めてるの?」
「もちろんでございます。ですが、お支度するには少々早すぎませんか?」
パーティーは夜からだが、今はまだアフタヌーンティーの時間だ。
クロエなどは体力温存のためにと、昼寝の最中である。
「いいのよ。コルセットに慣れるためにも、しばらくこの姿で過ごしたいの。ダンスの時に失敗したくないし。それに、あともう少しすれば、このお屋敷全体が大騒ぎになるわ。きっと猫の手も借りたいほどにね」
「ああ、さようでございますね」
セリーナの言葉に、ルーカスはくすりと笑って応えた。
コルセットを身に着けるにしろ、少し複雑に結った髪型にしろ、一人ではとうてい出来るわけがない。
それがわかっていながら、みんなが一番準備に忙しい時にメイドを一人借りてしまうと困るだろうと、セリーナは早めに支度をすませたのだ。
招かれた屋敷のことまで気遣うのが彼女らしい。
ルーカスはセリーナが落ち着かないほどじっと見つめ、そして、うやうやしくお辞儀をした。
「それではレディ、よろしければ私と踊って頂けませんか?」
「な、なにを急に……?」
突然のルーカスの誘いに、セリーナは真っ赤になって差し出された手を見下ろした。
当然、今まではダンス教師を雇う余裕もなく、ルーカスに教えてもらっていたので、二人で踊ったことは何度もある。むしろ、彼以外の男性とはほとんどない。
それでもこの状況では戸惑うばかりだった。
「ダンスで失敗なされないためにも、練習は必要でしょう?」
穏やかに諭されても、恥ずかしくて顔を上げることができない。
伯爵家のピアノでいつも伴奏してくれたジャックもいないのだ。
「き、曲がないと……」
「ちゃんとリード致しますから、私のリズムに合わせて下さればいいのです」
「でも……それに慣れてしまって、リードの下手な男性と踊ることになったら……」
「それでは、気にせず足を踏んでやればいいのです」
ルーカスはそう言い切ると、ためらうセリーナの手を強引に握った。
「さあ、肩の力を抜いて」
体温が感じられるほど近くに引き寄せられ、固くなった体は思うように動かない。
そんな彼女の耳元で、ルーカスが囁く。
「顔を上げて、相手の目を見つめないと」
低く、優しい声の甘さに、胸がどきどきとうるさく打つ。
どうにか足はダンスのステップを踏んでいるけれど、このままでは息が止まってしまいそうだった。
うつむいたままのセリーナの頭上で、ルーカスが軽くため息をつく。
「お嬢様、男性の心を得るためには、笑顔が大切なのですよ」
そう言われても、なかなか出来そうにない。
どうにか顔を上げ、碧色の瞳を見つめておずおずと微笑む。
その笑顔はかなり頼りなかったが、今のセリーナには精いっぱいだった。――と、ルーカスの動きがぴたりと止まる。
「……どうしたの?」
心配そうに問いかけたセリーナはぐっと引き寄せられ、驚きに目を見開いた。
その一瞬後、彼女の額に温かな唇が寄せられる。
しかし、何が起こったのかセリーナが理解する前に、ルーカスは一歩後ろに下がり深く頭を下げた。
「もう、練習は十分でございます。それでは、私はこれで失礼いたします」
さっと踵を返して出て行くルーカスを、その場に立ちすくんだままセリーナは呆然と見送った。
小さく震える手で額に触れれば、とても熱い。
ひょっとして、自分は病気なのかもしれない。それで息が苦しく、鼓動も早く、幻覚症状が出てしまったのではないか。自分の願望通りに――。
そこまで考えて、セリーナははっとした。
(つ、疲れてるのよ。ずっと、色々なことで無理をしていたから……)
そう結論付けると、ドレスや髪型を崩さないよう気を付けてソファに座った。
パーティーまでまだまだ時間はある。
セリーナは体を締めつけるコルセットに苦労しながら、深呼吸を繰り返し、少し休むために目を閉じた。