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 クロエが退室してから、晩餐までの時間を一人でゆっくり過ごそうと、セリーナは窓際に据えられた長椅子に座って読みかけの本を広げた。

 だが、内容がちっとも頭に入ってこない。

 仕方なく諦めて本を閉じ、窓の外を眺めた。


 遠くの山に沈みかけた太陽が、大地を黄金色に染めている。

 夕暮れ時のこの時間が、一日のうちで一番美しいと思える景色だった。

 冬が特別厳しいこの土地を嫌う人も多いけれど、セリーナにとっては大切な宝物なのだ。それを守るためにも、今夜は特に頑張らなくては。

 それなのに、頭の中にはクロエと立てた作戦ではなく、その前の発言で占められていた。 


(ルーカスが、謎めいていて、素敵……)


 確かに格好良いのは認める。間違いない。

 だけど、それを自分以外の誰かから聞くと、なぜだか落ち着かず、胸が騒いだ。


(他のご令嬢方って、誰よ? それに火遊びって何? 何なのよ、もう!)


 だんだん腹立たしくなってきて、セリーナは立ち上がると、部屋の中をうろうろと歩き回り始めた。

 それに謎と言えば、謎だ。ルーカスについては、あまりにも知らない事が多すぎる。

 そのことに今更ながら気付いて、彼女は愕然とした。


 セリーナも屋敷のみんなも、当時は切羽詰まった状態で細かいことにかまっていられなかった。

 それからも深く詮索することはなかったので、知っている事といえば、王宮で仕えていた経験があり、セリーナの両親に世話になったということ。

 他には、フィリプトン屋敷に来るまで南方地方で働いていたことだけ。

 家族がいることさえも知らない。


(それに、ジャックの存在も謎だわ……)


 ルーカスの身分で従者がいるというのもおかしな話だが、二人の間には明らかに金銭だけではない関係が存在している。

 しかも、二人が乗って来た馬――伯爵家が手放してしまった馬の代わりに、このミリンガム家まで馬車を引いてくれた二頭は、馬にまったく詳しくないセリーナが見ても素晴らしいとわかる。


「なんで今まで気付かなかったのかしら。わたしって、本当にバカだわ」


 一人呟いて足を止めたセリーナは、ルーカスを呼ぼうとしてためらった。

 知ってしまえば、もう元には戻れない。

 不思議な予感を覚えて、結局、問いただすのはやめることにした。

 だが一人で考えれば考えるほど、謎が深まっていく。そして、謎は疑惑に変わっていく。

 初めの頃は、見るに見かねてと言っても理解できる。

 しかし、二年近く過ぎた今もただ働きをさせられていて留まる理由は? それこそ得るものなど何もないのに?


 そこまで考えて、セリーナははっとした。

 ルーカスたちにはさんざん世話になっておきながら、その動機を疑うなんて傲慢にもほどがある。

 深呼吸を何度か繰り返して落ち着くと、セリーナは再び長椅子に腰を下ろした。

 自然とあの頃のことを思い出す。


 両親が亡くなってからの半年間は、本当に心細くて怖かった。

 屋敷から次々と使用人が去っていく中で、リチャードやナッツィ夫人にまで何かあったらどうしようと、心配で夜も眠れなかった。

 ダノシー男爵からひっきりなしに届く、領地を売ってはどうかと申し入れる手紙も無視できなくなって、驚くほど安い値段にもこのご時世だからと言い訳して、受け入れかけていた。

 そんな時に現れたルーカスは、まるで白馬に乗った王子様に思えたものだ。

 実際には、鹿毛の馬に乗っていたけれど。


 ――やっぱり、ルーカスが何者でもかまわない。


 それが答えだった。

 セリーナはようやくほっとして、置いたままになっていた本を手に取り読み始めた。



   * * *



「では、今までご結婚なさらなかったのは、お仕事が忙しかったからなのですか?」


 セリーナは晩餐の席で隣に座ったモンゴメリー卿に、にこやかに問いかけた。

 クロエの采配で隣同士にしてもらい、ここぞとばかりに話しかけているのだ。

 応えて、モンゴメリー卿がうなずく。


「ええ、商売を広げるために、あちらこちらと飛びまわっていて、気が付けばこの年になっていましてね。ですが、もういい加減に落ち着こうと思っているのですよ」


 ここまでは作戦通り順調だった。 

 昼間の散歩では当たり障りのない会話しか出来なかったのだが、今は一歩踏み込んでいる。


「やはり王都にお住まいになられるのでしょうね?」

「いえ、まだ決めていないのですよ。ただ、子供を育てるのに良い環境が望ましいですね」


 その答えにセリーナは軽くショックを受けた。結婚はしていなくても、子供がすでにいるのなら、色々と計画が狂ってしまう。

 ごくりと唾を飲み込んで、さらに質問をする。


「……お子様がいらっしゃるのですか?」

「いやいや、そうではありません。結婚して、ぜひ子供が欲しいと思っているのですよ。やはり苦労して築いたものを、自分の子供に受け継がせたいですから。古臭い考えかもしれませんが――」

「いいえ! お気持はよくわかります」


 ほっとするあまり、セリーナは礼儀も忘れて勢いよくうなずいた。

 モンゴメリー卿は少し驚いたようだが、すぐ穏やかに微笑んだ。


「ああ、そうですね。あなたはフィリプトン家の跡取りとして、数々の歴史あるものを受け継いだのですからね?」

「はい。そして、私から子供たちへ、受け継がせたいと思っております」


 セリーナは上気した顔いっぱいに笑みを広げて答えた。

 今の言動に恥じらいつつも、興奮を抑えられない。

 それからはどうにか落ち着いた態度で会話を続け、モンゴメリー卿に好印象を与えることが出来たと自信を持てた。




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