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 謁見が行われる部屋はとても広く、窓から射し込む光が大理石の床を輝かせていた。

 部屋の奥には数段高くなった壇上があり、そこに重厚な布張りの椅子が二脚据えられている。

 しかし、天井から幾枚かの色鮮やかな段幕が垂れ下がって陰を作っており、壇上の人物の顔はあまり見えそうにない。

 その壇上に立つべき人物――国王陛下は当然ながらまだ姿がなく、先に部屋にいたのは、ダノシー男爵と、見たことのない男性二人。そして先ほどの騎士と同じ装いの騎士五人だった。

 どうやら男性二人は書記官らしく、この謁見を記録するためにいるらしい。


「やあ、セリーナちゃん。酷いじゃないか、私に黙って陛下にお会いしようなんて。お陰で急いで王都に来るはめになったよ」

「わたしのことはレディと呼んで下さいとお願いしております。どうか、それぐらいの礼儀は守って下さいませんか?」


 なれなれしい男爵の言葉に、セリーナがつんとすまして答えると、一人の書記官が不自然な咳払いをした。

 レスター侯爵はにんまりしている。


「つ、冷たいな、セ……レディは。もうすぐ家族になるんじゃないか」

「いいえ、それはあり得ません」


 あまりにもきっぱりとセリーナが否定したために、一瞬その場に沈黙が落ちた。

 ショックを受けた男爵のひゅっと息を吸い込む音が大きく聞こえるほどに。


「そ、それは通らないよ、レディ。ここにこうして、私がレディのお父君と交わした婚約誓文書もあるんだから」


 懐に仕舞っていた誓文書の入った封筒をこれ見よがしに掲げ、男爵が言う。

 誰もがそれを目で追う中、セリーナも忌々しげに封筒を睨んだ。


「レディの屋敷にもちゃんとあっただろう? ほら、書斎の系譜本の中にでも?」


 勝ちを得たような、得意げな男爵の顔を、セリーナは負けずに真っ直ぐ見つめた。


「いいえ、ありませんでした。屋敷の中のどこにも」

「そ、そんなはずは……私が確かに――」

「確かに何でしょう?」


 言いかけて口をつぐんだ男爵を追い詰めるように、セリーナが問いかける。

 男爵は目をそらし、話題を終わらせようと躍起になった。


「い、いや……なかったのなら仕方ないな。だが、ここにちゃんとフィリプトン家の印章が封蝋に押してある未開封のものがある。これを陛下の御前で開封すれば、はっきりするから、心配ない」

「そうですね。そろそろ色々とはっきりさせた方が良いでしょうから、これはいい機会ですよ」


 今まで黙って成り行きを見ていた侯爵が口を挟むと、男爵の顔は蒼白になった。


「いったい、どういう――」

「国王陛下、ならびに王太子殿下のお越しでございます」


 壇上の奥にあるらしい入口から、国王専属の侍従が姿を現し、高らかに告げた。

 皆が頭を下げ、膝を折ると、男爵も渋々といった態度で従う。

 かすかな衣擦れの音と、椅子がきしむ音の後に、低い声がセリーナの頭上から聞こえた。


「皆、おもてを上げよ」


 震える体を抑えるように、セリーナは水色のドレスのスカートをぎゅっと握りしめ、小さく息を吸って顔を上げた。

 途端に、壇上の椅子に座る、髭をたくわえた威厳ある人物と目が合ってしまった。


 ――国王陛下だ。

 セリーナが慌てて目を伏せると、こほんと小さく咳払いが聞こえた。

 壇上から一段下がった場所に立つ、侍従が口を開く。


「このたびの謁見について、レスター侯爵、貴殿よりご説明頂けますでしょうか?」

「その前にまず、こちらのレディを紹介させて頂きたい」


 侯爵の言葉に、セリーナは今まで以上にぴんと背筋を伸ばして立つ。


「こちらは、レディ・セリーナ・フィリプトン。フィリプトン伯爵でいらっしゃいます」

「セリーナ・フィリプトンでございます。このようにご挨拶が遅くなりましたこと、心よりお詫び申し上げます」


 スカートを持って膝を折り、楚々と挨拶をする。


「ふむ。確かに、フィリプトン伯爵として会うのは初めてだが、わしはそなたの幼い頃をよく知っておる。だから、そのように堅苦しく挨拶されると、寂しいではないか」


 そう言われて国王を見ると、とても温かな瞳にぶつかった。

 しかし、どう返せばいいのかわからないセリーナはうろたえた。


「父上、レディが困っているではないですか。わがままをおっしゃるのはおやめ下さい」

「別に、わがままは言っておらん。ただ、寂しいと言っただけではないか」

「それがわがままだと言うのですよ。寂しいと言われて、レディがどうすればいいのです? 困惑するだけでしょう?」

「お前は少々固すぎる。もう少し柔軟に生きた方がいいぞ」


 なぜだか楽しげな親子の口論が始まり、セリーナはぽかんとして二人を見た。

 そこでふと、王太子殿下の顔に目がとまる。

 薄暗い中に座るせいか、王太子の顔ははっきりとは見えないが、それでもどこかで会ったことがあるような気がした。

 幼い頃の記憶だろうかと考えているうちに、今度は大きな咳払いが聞こえた。


「陛下、殿下、そろそろ話を進めませんと」


 侍従の言葉に、二人ともそうだったと口を閉ざし、国王が侯爵に向かって軽くうなずく。


「それでは、手っとり早く簡潔に説明を、といきたいところですが、その前にもう一つだけ。なぜ、王太子殿下がいらっしゃるのです? 確か、本日はアスタール地方に流れる河川の堤防工事についての会議がございませんでしたか?」

「こんなに面白いものを見逃す手はないだろう? 会議は午後からにずらした。よって、私にはあまり時間がない。早く始めてくれ」


 うるさいものを追い払うように、王太子が侯爵に向けてしっしと手を振る。

 先ほどからのやり取りに、セリーナはなんだか緊張しているのが馬鹿らしくなってきていた。

 どうも国王陛下は――おまけに王太子殿下までも、思っていたような人物ではなさそうだ。


「……では、始めましょう。要するに、レディ・セリーナは今、不当な結婚を迫られています」

「お待ちください! 不当とはどういうことです? 私の手元にはちゃんと婚約誓文書があるのです! レスター侯爵、あなたの言い分こそ不当でしょう!?」


 侯爵の口から、まさかそこまで簡潔な言葉が出てくるとは、さすがにセリーナも思っていなかった。

 噛みつく男爵から侯爵を援護するべきなのに、ただ見ていることしか出来ない。

 そこに、王太子の声が響く。


「それで、貴殿の名は? それがわからないことには、状況がまったくつかめないんだが?」


 つい今しがたの親しみやすい雰囲気が嘘のように、王太子の声も態度も冷やかに男爵へと問いただした。

 それにはセリーナも驚いた。男爵は王宮でも顔が利くと聞いていたのだから。


「わ、私は……ビル・ダノシーです。ダノシー領を治めている――」

「ああ、ダノシー男爵か。すまない、ちょっと見かけない間に、少し……変わったんじゃないか? それでわからなかったんだ」


 ぷっと誰かが吹き出す声が聞こえる。

 間違いなく、王太子はわかっていて問いただしたのだ。しかも、暗に太ったのではないかと揶揄している。

 顔を真っ赤にした男爵は、運動したかのように息を切らしながら、国王陛下に向かって持っていた封筒を差し出した。


「陛下、どうかこちらをご覧になって下さい。そして今ここで、開封なされて中に入っている婚約誓文書をお読み頂ければ、レスター侯爵の言い分が不当であることがおわかり頂けると思います」




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