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「セリーナ、悪い知らせよ」


 不機嫌な顔をしてクロエが部屋に入って来た時、セリーナは王宮へ向かう準備をほとんど終えたところだった。


「なに? どうしたの?」


 まさか今日の謁見は中止になったのかと心配したが、残念ながらもっと悪かった。


「さっき、お父様が仕入れた情報なんだけど、今日の謁見、ダノシー男爵も同席するんですって」

「ダノシー男爵が?」

「ええ。なんでも、あなたと、男爵のバカ息子のハロルドが婚約しているとかどうとか言っているらしいわ。どうしてそんなでたらめを……セリーナ?」


 クロエもダノシー男爵には良い印象を持っていない。

 それで今聞いたばかりの話に腹を立て、苛立たしげに口にしたものの、セリーナの様子を見て途端に心配になった。

 真っ青な顔したセリーナの体は小さく震えている。

 セリーナはいつも気丈に振る舞い、落ち着いているので、クロエはすっかり忘れていたが、彼女の記憶にある限り、王宮へ行くのも国王陛下に謁見するのも初めてなのだ。緊張しないわけがない。

 それなのに余計なことを言ってしまったと、クロエはひどく後悔した。


「ごめんなさい、セリーナ。余計なことを言ってしまったわ。でも、レスター侯爵がいらっしゃるし、そんな馬鹿げた嘘は、陛下も笑い飛ばして下さるわよね」

「ち、違うの、クロエ。あの……実は……」


 何も知らず、慰めの言葉をくれる友人にこれ以上黙ってはいられない。

 セリーナは固く手を握りしめ、これまでのいきさつを全て話した。


「そう、……そういうことだったのね」


 少し時間がかかってしまったが最後まで話し終えると、それまでずっと静かに聞いてくれていたクロエが納得したようにうなずいた。

 それきり黙り込み、人払いをした部屋の中に沈黙が落ちる。

 やはりクロエは怒っているのだろうと、セリーナの気持ちは沈んだ。

 今回の王都への旅に同行させてもらい、屋敷に滞在までさせてもらいながら、何も言わなかったことで、ミリンガム家を利用したような形になってしまったのだから。

 もっと早く打ち明けるべきだった。


「……ごめんなさい」


 うつむき謝罪するセリーナの固く握られた手に、クロエの柔らかな手がそっと触れた。


「なぜ、あなたが謝るのかわからないわ」


 そう応えて、優しく微笑む。


「まあ、確かに、もっと早く話してくれていればとは思うわよ。そうすれば、一緒に悩むことができたんだから」


 クロエは少し意地悪な笑みに変えて、驚き顔を上げたセリーナに人差し指を突きつけた。


「そもそも、あなたは何でも一人で抱え込みすぎるのよ。そりゃ、セリーナの背負っているものは、とてつもなく大きいわ。でも、だからこそ、みんなで分け合えばいいの。要するに、みんながあなたに対して思っていることだろうから、この際はっきり言わせてもらうわ」


 思いがけない展開に、セリーナはただうなずくしかなかった。

 この後に控えている国王陛下との謁見より、クロエの言葉を待つこの一瞬の方が緊張している気がする。

 クロエが再び口を開いたのを目にして、ごくりと唾を飲み込む。


「水くさいのよ」

「……え?」

「悩みがあるなら相談して欲しいし、重荷を背負っているならわたしにも持たせて欲しいの。なのに、セリーナは一人で全てを抱え込んじゃうから、水くさいって思うのよ」

「クロエ……」


 喉に何か大きな塊がつまっているようで、上手く声が出せない。

 そんなセリーナを見て、突きつけていた指を引っこめたクロエは、また優しい微笑みに戻った。


「まあ、今回は、遅かったとはいえ、ちゃんと話してくれたから良しとしましょう」

「……ありがとう、クロエ」


 どうにか今の気持ちを言葉に出来てほっとしたセリーナに、クロエはからからと笑う。


「あら、当然よ。だって、わたしたち、友達でしょう?」


 セリーナは何度も何度も大きくうなずいた。

 損得勘定で付き合っているとか、取引だなんて思っていた自分が恥ずかしい。


(わたしって、本当に本当にどうしようもないバカだわ……)


 傲慢な考えに凝り固まっていたセリーナに間違いを教えてくれるのは、いつも何も言わずそばにいて支えてくれる人たち。

 込み上げてくる涙を――うれし涙をセリーナが懸命にこらえていると、クロエがあっと声をあげた。


「大変! もうすぐ王宮に行かないといけないのに! そんなに目を赤くしていてはダメよ。ああ、それに、髪も少し乱れてしまったわ」


 それからはバタバタと支度に追われた。

 メイドたちを呼んで髪型を整え、目を冷やしてから化粧を直してもらう。


「セリーナ、本当に綺麗よ」


 準備が出来たと告げに、メイドのロッテが部屋を出て行き、再び部屋に二人きりになった時、クロエが感極まったようにぽつりと言った。

 だがセリーナは自信なさげに微笑むだけ。

 ずっと領地にいたせいか、セリーナは自分の容姿が及ぼす影響を知らない。

 この前のクロエの誕生パーティーでも、男性陣は彼女の容姿と身分に恐れをなして尻込みしていたというのに。


「その姿を目にすれば、きっと王宮にいる人たちはみんな、あなたに心奪われてしまうわね。それで、ハロルドなんかには渡さないって人がどんどん名乗りを上げるわよ。ひょっとして、王子殿下までも!」


 わざと明るく、しかし本音でクロエが励ますと、セリーナは顔を赤くして小さく首を振った。


「む、無理よ。わたしなんて田舎者だし、それに……それに、わたし……」

「言い寄られても、もう好きな人がいるから困る?」


 セリーナがはっと息をのんでクロエを見ると、彼女は真剣な表情で見つめ返してきた。


「あなたが、彼を……ルーカスだったかしら? あの人のことを好きなことは気付いていたわよ」

「……どうして?」

「あなた自身が気付いていないようだったから、それならその方がいいと思って何も言わなかったの。状況は、恋だの愛だの言っている場合じゃなかったし」


 困惑するセリーナに、クロエはあっさり言ってのけた。それから、うかがうように続ける。


「王宮へは、戦いに来たんでしょ? ダノシー男爵と戦って、意地悪な運命と戦うために。だとしたら、最後までとことん戦うべきよ。それでダメなら、駆け落ちしちゃえばいいのよ。わたしは応援するわ」

「それは無理よ。駆け落ちには相手がいるもの」


 クロエの大胆な言葉に驚くよりも、思い出した悲しみの方が大きくて、セリーナは顔をそむけた。


「彼がいるじゃない。あなたが自分の気持ちに気付いた今、障害となるのはあなたの責任感くらいだわ。領地のことは大切でしょうけど、あの土地に住むみんなが、あなたの幸せを願っているのよ」

「違うわ、大きな間違いよ。彼は……ルーカスは、別に好きな人がいるの。ずっと心に決めていた人が」

「まさか!」

「ううん、本当よ。彼が別の人と……サラと一緒にいるところを見たから……」


 これ以上口にするのもつらくて、セリーナは口を閉ざした。

 だが、クロエはこの話題を終わらせそうにない。


「それ……間違いじゃなくて? サラっていうのが誰だかは知らないけど、わたしには信じられないわ。だって、この前あなたたちがうちに滞在していた間、何度も見たもの。彼があなたを見つめる姿を。あれはただの執事が主人を見る目じゃないわ、恋い焦がれる人の目よ」


 そうきっぱり告げて、クロエはセリーナと視線を強引に合わせた。


「本人の口からちゃんと聞いたの? 何を見たのかしらないけれど、わたしの見たものの方が正しいわ。間違いないって自信があるから、どっちが正しいか、ちゃんと確かめてね!」


 ふんっと鼻息荒く宣言するクロエがおかしくて、悲しかったはずなのに笑いが込み上げてくる。


「わかったわ。ちゃんと確かめる。それでダメだったら、慰めてね」

「当たり前よ。肩でも胸でもなんでも貸すから、好きなだけ泣いてちょうだい」


 くすくす笑いながらセリーナが応えると、クロエが自慢の胸をそらして請け負う。

 謁見を前にして、色々と抱えていたものに押し潰されそうになっていたセリーナの心は、いつの間にかずいぶんと軽くなっていた。

 馬車に乗り込む時にはセリーナの緊張もかなり解れ、見送るクロエたちに笑顔で手を振って屋敷を発った。




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