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「セリーナ! これ、レスター侯爵からだわ!」


 慌てて手紙を両手に持ち替えて差し出してくるクロエを見て、セリーナも両手で受け取り、視線を落とした。

 確かに、差出人のサインにレスター侯爵の名前がある。

 昨日の夕方、ミリンガム家に到着してから、侯爵に宛てて手紙を書いたのだ。


 すっかり腫れも引いて、痛みもなくなった右手に持ったペンを走らせ、改めて今回のいきさつと、不躾にも手間を取らせてしまうことのお詫びをつづった。

 すでにルーカスからの書簡は届いているだろうが、やはりセリーナ自身からもお願いをするのが当然の礼儀だったからだ。

 しかし、まさかこんなに早く返事をもらえるとは思ってもいなかった。


「……あ、明後日? 明後日には、陛下にお会い出来るって!」

「まあ! すごいわ、セリーナ!」


 手紙にさっと目を通したセリーナの驚きと喜びに、クロエも一緒になって喜び、叫んだ。が、すぐに何かに気付いたのか真顔に戻る。


「大変! こうしてはいられないわ、準備しないと! ドレス……そう、ドレスが必要よ!」


 セリーナもはっとして青ざめた。

 王都の仕立て屋はやっぱり値段も高いのだろうか? 祖母の形見の茶器セットは厳重に包んで持って来てはいるが、まだミリンガム氏には話していない。

 とにかく両親にも教えないと、とクロエが部屋を出て行きかけたところへ、再び執事が現れた。

 今度は後ろに従僕を連れている。

 その従僕は、ふた付きの平たい箱を持っていた。


「セリーナ様にお届け物でございます」

「わたしに?」

「どなたからなの?」


 戸惑うセリーナの代わりに、クロエが送り主の名を訊くと、執事は困った顔をした。


「それが……届けに来た者に問いただしても、答えてはもらえず……。ただ、この中にカードが入っているからと。そこに署名があるのではないでしょうか?」


 積み上げられた招待状の横に、従僕が丁重に箱を置く。

 セリーナとクロエはお互いの顔を見合わせ、薄桃色のリボンがかけられた箱へと視線を移した。


「とにかく、開けてみましょうよ」


 執事が下がってから、未だ困惑しているセリーナに、クロエがうながす。

 セリーナは小さくうなずいて、箱にかけられたリボンをそっと引っ張った。

 サテンのリボンはするりと解け、テーブルの上に広がる。

 楽しみなような、怖いような、複雑な気分でふたを開けると、リボンと同じ薄桃色のサテンの布が広がっていた。


「ずいぶん贅沢ね」


 上等なサテン地を包装に使うなんて、送り主はかなりお金持ちらしい。

 いったい誰なのだろう、中には何が入っているのだろうと、セリーナはサテンの布を開いた。


「やっぱりドレスね!」


 どうやら予想していたらしく、クロエが興奮して声をあげる。

 セリーナは少しぼうっとしたままドレスを手に取り、持ち上げてみせた。

 包装に使っていた薄桃色の布地と対をなすような、水色のサテンで出来たドレスは、今流行の少し浮ついたものではなく、伝統的なデザインのものだった。

 しかし、高い位置で切り返した扇形のスカートには細かな刺繍が施されており、さらにその上にシフォンが重ねられていて、野暮ったさは感じられない。

 それどころか、慎ましやかに胸を隠す襟元にかえって女性らしさが感じられ、上品な雰囲気をかもし出している。


「すごい……素敵……」

「でも、いったい誰から……」


 うっとり呟くクロエにうなずきながら、ますます深まる疑問の答えを求めて、セリーナはさらに箱の中をのぞいた。

 つられてクロエものぞく。


「……靴まで入っているわ」


 箱の底には、贈られたドレスとよく似合う靴が揃えて入っていた。

 だが、セリーナの目にとまったのは、靴の横にある少し色あせたベルベット地の箱。

 見覚えあるその箱に、まさかとの思いでドレスを脇に置き、手を伸ばす。

 そして息をのんだ。


「まあ……」


 クロエが感嘆の声を漏らしたが、それ以上は言葉も出ないようだった。

 ベルベット地の箱を開けると、そこには燦然と輝くダイヤモンドのネックレスとお揃いのイヤリングがあったのだ。

 これを手放したのは、ちょうど一年前。

 昨年の収穫では、冬を越すだけで精いっぱいで、春に蒔く種を――今年の収穫分まで賄うことは出来なかった。

 そこで、種を買うためにかなりの現金が必要となり、フィリプトン家に代々受け継がれてきたこのネックレスとイヤリングを手放したのだ。


 正直、かなり迷ったのだが、お陰で無事に今年は十分な収穫が得られたし、残ったお金で、屋敷の雨漏りしていた屋根を修繕できた。だから後悔はしていない。

 それでも、こうしてまた目にすると、様々な感情が込み上げてくる。


「カードがあったわ!」


 ネックレスとイヤリングから目が離せないでいたセリーナの耳に、クロエの期待に満ちた声が聞こえた。

 カードはどうやらネックレスが入ったベルベットの箱の下敷きになっていたらしい。

 すぐさま箱を片手に持ち替えて、カードを取り上げる。――が、カードに書かれた文面を読んで、セリーナは眉を寄せた。


「どうしたの? 何て書かれていたの?」


 待ち切れず、クロエが問いかけてくるのだが、どう答えていいのかわからない。

 セリーナはカードをクロエに渡した。


「……〝久しぶりに王都に戻られたことを祝して。またお会いできる日を心待ちにしております〟……って、これだけ?」


 声に出して読んだ後、クロエは他に何か書かれていないか、カードを裏返してみたり、光に透かしてみたりしている。


「それで……誰なの?」

「わからないわ……」


 署名もなければ、カードに家紋もない。

 文面からして、昔馴染みなようなのだが、王都にいた時の記憶がほとんどないセリーナにはさっぱりわからなかった。


「レスター侯爵じゃないの?」

「それなら署名がちゃんとあるはずよ」

「確かにそうね」

「どうしたらいいのかしら……」


 途方に暮れるセリーナに、クロエがあっけらかんと言う。


「まあ、そのうちわかるんじゃないかしら? どうやら、フィリプトン家にかなり馴染み深かった方のようだし、すぐに名乗り出て下さるわよ。ひょっとして王宮で……って、そうよ! これでドレスの問題は無事解決じゃない!」

「え、でも……」


 さすがに、誰から贈られたかわからないドレスを着て、国王陛下に謁見するのはためらわれた。

 しかし、クロエの強い勧めと、その後にミリンガム夫人まで加わったために、結局セリーナは折れることにした。

 茶器セットをまだ手放さなくてすむというのも大きい。

 レスター侯爵とは、二日後の謁見前に直接王宮で会うことになっている。

 そのため、たくさんの招待もそれ以降に受けることにして、セリーナは高まる緊張感に押しつぶされそうになりながら、運命の日を待つことになった。




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