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「おはよう、セリーナ! 素晴らしい知らせよ!」
「おはよう、クロエ。朝からご機嫌ね?」
朝が弱いはずの友人に挨拶を返し、セリーナは用意された席に着いた。
「それは当然よ! だって、今日は早くからたくさんの招待状が届いているのよ!」
「まあ、それは良かったわね」
「何を他人事のように言っているの? あなたに届いた招待状よ」
セリーナは危うくお茶にむせそうになり、急いでカップをテーブルに置くと、何度か深呼吸をした。
ようやく落ち着き、機嫌良く朝食をとるクロエに問いかける。
「どうして、わたしに?」
「それはもちろん、今まで謎だったフィリプトン伯爵が王都にやって来たからよ。皆さん、若き女伯爵に興味津々なんでしょうね」
「例えそうだとしても、なぜわたしが来ることを皆さんが知っているの? しかも、こんなに早く?」
「あら、セリーナがわたしたちに同行することは、父が知り合いを通じて社交界の方々に知らせたからよ。婚活するからには、必要だと思って。……余計なことだった?」
ただ疑問を口にしただけだったのだが、クロエは途端に不安そうに顔を曇らせた。
セリーナは慌ててかぶりを振る。
「いいえ、ちょっと驚いただけ。そこまで考えが及ばなかったの。でも確かにそうよね。ありがとう、クロエ」
ほっとしたクロエの顔にまた笑みが戻る。
「情報の早さについては、こんなものよ。あの方たちは噂話が何よりも大好きだし、誰よりも早く、多くを知りたがって教えたがるから」
「そ、そうなの……」
「それで、どの招待に応じるか、あとで決めてね! 全部は無理でしょうけど、いくつかわたしも連れて行ってくれたら……」
今まで興奮して話していたクロエの口調が、急に遠慮がちなものに変わる。
「当たり前よ! クロエが行かないなら、わたしも行かないわ!」
今度はセリーナが興奮して答えた。
貴族たちとの付き合いは、元々クロエのためでなかったら、するつもりもなかったのだ。
レスター侯爵のことを思い違いしていたと気付いてからは、貴族というだけで頭から毛嫌いするのはやめようと考えを改めはしたが、好んで付き合いたいとも思えない。
それに、一応の作法は母から教わってはいたが、いきなり中央の貴族たちの前に一人で出るのは怖かった。
王都までの道中、休憩の合間に読んだ恋愛小説は、甘い恋物語というより陰謀渦巻く愛憎劇。
感想を言うならば、女の世界って恐ろしい、であった。
ドレスにわざとワインをこぼされてしまったり、靴に針を仕込まれたりしたらどうしようと不安になる。
(あまり目立たない、素敵な人と恋に落ちることが出来たらいいなあ……)
自分が無茶なことを願っているのも気付かず、セリーナは恋する相手の条件を思い浮かべていく。
(まず背が高くて、太っていなくて、できれば格好良くて、優しくて……でも、時には厳しくて、困難なことに突き当たっても諦めずに頑張る強さが必要ね。あとは、貧乏でも気にしなくて、フィリプトンの土地を愛してくれる人がいいわ。あ、それにお金があれば尚良しね……)
恋愛初心者にありがちな、夢見る乙女っぷりである。
クロエが聞けば、『それって、どこの白馬に乗った王子様?』と呆れること間違いなしだ。
そうこうしているうちに食事も終わり、二人は家族用の居間へと場所を移した。
そこでゆっくりお茶を飲みながら、招待状を仕分けていく。
ちなみにミリンガム夫妻はまだ寝ているらしく、クロエの弟二人は子守と一緒に散歩に出ているらしい。
最初は、招待状の山に驚いたセリーナだったが、処理も十二通目ともなると、飽き飽きしてきていた。
「毎日毎晩、どこかしらのお屋敷でお茶会やら舞踏会やらが開かれるのね」
王都での生活とはこんなものなのかと、憧れよりは辟易とした気分でため息をつく。
ミリンガム家でのクロエの誕生パーティーはとても楽しかったが、甘い蜜がたっぷりかかったケーキが毎食続くと飽きてしまうように、パーティーも毎晩続くとうんざりするに違いない。
(まあ、ケーキが二食も続いたことはないけど。とにかく、ああいう贅沢品はたまに食べるから、いっそうおいしいのよね……)
ナッツィ夫人が焼いたパウンドケーキを思い出し、つばをごくりと飲み込む。
と同時に、ずっと考えないようにしていた人物が思い出され、きゅっと胸が苦しくなった。
ルーカスはアフタヌーンティーの時にいつもさり気なく、セリーナが甘いものをたくさん食べられるようにしてくれていた。
一緒に過ごした二年近くの時間を考えれば、すぐに忘れられるわけもない。
それどころか、想いはどんどん募っていく。
フィリプトン館を出発してから八日、もうそれだけ彼と会っていないのだ。
そんなことは、彼がフィリプトンにやって来てから初めてで、セリーナは寂しさと恋しさに泣きたくなってしまった。
でも、ルーカスはきっと今頃、またサラに会いに食堂へ行っているかもしれない。
そう思うと、胸のあたりがもやもやとして、濁った澱のようなものがお腹の中に重く溜まっていく。
なんだか急に気持ち悪くなり、吐き気まで込み上げてきて、深呼吸をしてやりすごす。
「セリーナ、大丈夫? まだ右手が痛むの?」
「え?……いいえ、大丈夫よ。ただちょっと疲れただけ。同じような内容の挨拶文ばかりだから」
うつむくセリーナの顔を、心配そうにのぞき込むクロエに微笑んで答え、右手の招待状を振ってみせる。
右手首の捻挫もすっかり良くなっていたが、クロエには余計な心配をかけてしまったようだ。
「正直なところ、どの招待を受ければいいのか、まったくわからないわ」
セリーナは招待状に意識を戻し、すぐに頼りなげに呟いた。
「そうね。それに、誰の招待を一番に受けるかも重要な問題なのよね。とりあえずは、わかる範囲でより分けて、あとはお母様に相談しましょうよ」
クロエの無難な提案にセリーナがうなずいた時、ミリンガム家の執事がトレイに手紙をのせて居間へと入って来た。
「レディ・セリーナにお手紙が届いております」
「あら、またなの?」
執事に応えたのはクロエだった。
たくさんの招待状にまた一つ加わったのかと気軽にトレイから取り上げて、差出人を確認する。
そして目を丸くした。