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「王宮が見えてきたわ!」


 クロエのはしゃいだ声に、うとうとしかけていたセリーナははっとして、身を起こした。

 そして、何度か瞬きを繰り返し、馬車の小さな窓から彼女の指さす方向を見る。

 目に映ったのは、かすかな記憶に残る通りの優美な宮殿。

 まるで大きな白鳥が、小高い丘の上で羽を伸ばして休んでいるようだ。


「きれい……」

「本当に素敵よね……」


 セリーナが思わず感嘆の声を漏らすと、クロエが同意するように呟いた。

 王宮の建つ丘の上からふもとまでは、貴族やお金持ちなどの上流階級の人々が屋敷を構えており、ミリンガム家の屋敷はふもとに近い一角にあるらしい。

 以前は、フィリプトン家も王宮にほど近い場所に屋敷を所有していたのだが、三年前に手放してしまっていた。

 セリーナも幼い頃は、その屋敷でたびたび過ごしていたそうだ。


 あまり覚えていないのは、七歳になる前に先々代の伯爵であった祖父が亡くなり、完全に領地で暮らすようになったからだろう。

 両親が王都に用がある時も、セリーナはいつもお留守番だった。

 十五歳になれば、また王都の屋敷で過ごして、社交界デビューの準備をしましょうね、と母に言われていたのに、それも叶わないまま。

 思い出すと涙が込み上げてきて、セリーナは慌てて窓の外に目を向けた。

 ノルサント王国の都は広大で、街道から都へと入ってからずいぶん経つのに、王宮の建つ丘まではまだまだ時間がかかりそうだ。


 進めば進むほどに人通りは多くなり、馬車の速度もかなり落ちている。

 フィリプトン領地内のミリンガム家からこの王都まで八日間、馬車での旅に慣れていないセリーナは疲れ果てていた。

 それなのに目の前に座るクロエは平気らしい。

 

 道中も車窓から見える景色についてあれやこれやと説明してくれ、未来の旦那様についての理想論や、素敵な男性と出会い恋に落ちる計画などをひっきりなしに話していた。

 そのおしゃべりに、ちょっとだけうんざりしてしまったのは内緒である。

 だが、もう一台の馬車に乗ったクロエの両親と弟二人から宿屋で同情の眼差しを向けられたことを思えば、しっかりばれているのだろう。

 それでも、この先に待ち受けるやっかいなことから、一時でも気を逸らしてくれたのは有り難かった。

 男爵とのいざこざについては、クロエに打ち明けていない。

 しかし、レスター侯爵を介して、国王陛下に謁見することになるかもしれないとは知らせている。

 そのため、クロエも彼女の家族も、今回の王都滞在には期待しているようだ。


(今まで、クロエたちには本当にお世話になったものね……)


 例え、あの誓文書を無効に出来なくても、貴族の知り合いをたくさん作って、クロエたちに紹介しようと決めている。

 セリーナは賑わう街並から、丘の上の王宮へと視線を移した。

 冬の穏やかな日差しを浴びて美しく輝く荘厳な宮殿は、彼女にとっては戦いの場となるのだ。

 気圧されそうになる心を奮い立たせ、セリーナはだんだんと近付いてくる王宮を見つめていた。



   * * *



 翌朝――。

 ぼんやりとした意識の中に、いつもとは何か違う音が聞こえ、セリーナは目を開けた。

 そしてかなり日が高いことに気が付いて、慌てて飛び起きる。

 さすがに疲れがたまっていたのだろう。こんなに寝過ごしてしまったのは、病気の時以来だ。

 セリーナのために用意された客間の寝室で、裸足のまま窓へと歩み寄り、カーテンを開けた。

 眼下に広がるのは、どこまでも続く街並。色とりどりの屋根が所狭しと並んでいる。

 フィリプトン家が所有していた屋敷は、広い庭と高い木々に囲まれていたので、王都の様子をこうして目にすることはなかった。

 ひょっとすると、階上の使用人部屋からなら見えたかもしれないが。

 聞き慣れない音は、街の喧騒だったのだ。


(でも、自然が少ないわ……)


 整備された石畳の道や、たくさんの軒を連ねたお店などに、昨日は目を奪われたが、春を告げる花が咲く野も、夏に日陰を提供してくれる木々も見当たらない。

 領地では競い合うように歌う、小鳥たちの鳴き声も小さい。

 この辺りはまだ紅葉の盛りだったが、王都ではそれも楽しめないのではないかと、なんだかガッカリしてしまった。

 そこに、控えめなノックの音が聞こえ、セリーナは窓から離れた。


「おはようございます、セリーナ様」


 居間側のドアから、そっと顔をのぞかせたメイドが、すでに起きているセリーナを見てほっとしたように微笑んだ。


「よろしければ、テラスで朝食をご一緒にと、クロエ様がおっしゃっていますが、如何なされますか?」

「ありがとう、ロッテ。もちろん喜んでって、伝えてくれる?」


 ミリンガム家でも仕えてくれた馴染みのメイドに、伝言のお礼を言って、身支度にとりかかる。

 一旦退室したメイドのロッテはすぐに戻って来ると、セリーナを手伝った。

 前回と同じドレスばかりだが、ミリンガム家の人たちはそんなことをわざわざ口にしないので、気楽にしていられる。

 さすがに、国王陛下に謁見する時は新しいドレスを新調しなければと、クロエとミリンガム夫人に相談すると、王都には腕利きの仕立て屋がたくさんいるから大丈夫だと請け負ってくれた。


 支度が整い、部屋を出たセリーナは、ロッテに案内されてテラスに向かいながら、廊下に所々飾られた花々を目にして微笑んだ。

 王都は領地よりまだまだ暖かい。

 フィリプトンではすっかり見られなくなった秋咲きの花をまた楽しめるのは、思いがけず嬉しいことだった。




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