17
ダノシー男爵一家が屋敷を去ってから五日。
未だルーカスに何も伝えることが出来ないまま、セリーナは焦っていた。
やはり一方的に告白するのではなく、ある程度は彼の気持ちを確かめてからにしようと思ったのだが上手くいかない。
優しいルーカスが同情からセリーナを受け入れることだけは、絶対にいやだったのだ。
それなのに、最近はゆっくり話すことも出来ないでいた。
習慣になっていたアフタヌーンティーも、ここ何日かは所用を理由にルーカスは同席していない。
ひょっとして避けられているのではないか。そんな疑いも捨てきれなくなってきた。
朝食の席で、みんながその日一日の予定を立てる時にも、セリーナが午前中を屋敷内で過ごすと言えば、彼は屋外の仕事があると言い、彼女が午後からは庭仕事に精を出すと言えば、屋内の雑事を片付けると言う。
それどころか、屋敷を離れ、ジャックと共に大がかりな仕事――厩舎の屋根の修繕や、正門前に流れる小川に掛った橋の補強などに取りかかっている。
確かに、本格的な冬を迎える前にしておいた方が良い必要な仕事なのだが、それにしても――。
(そういえば、村へも毎日のように通ってるみたいだし……)
村までは歩いて行けば往復で半日弱だが、馬であればそれほど時間はかからない。
ルーカスが愛馬トリスタンの手綱を引いている姿は何度か見かけた。一人の時もあれば、ジャックと一緒の時もある。
今まで特に気にも留めていなかった自分の鈍さに、セリーナは舌打ちしたくなった。そして気付く。
先ほどもルーカスはトリスタンに跨り、屋敷の正門へと向かっていた。おそらく方向からして、今日も村へと向かったのだろう。
セリーナは肘が擦り切れてしまった繕いかけのドレスを置き、針を針山へ戻して立ち上がった。
村の西側に住む若夫婦に赤ん坊が生まれたばかりだが、まだ祝いの品を届けていない。
そのため、ナッツィ夫人と一緒に縫った綿布の産着と滋養のある食べ物を、今から届けに行こうと思い立ったのだ。
急ぎの仕事はないし、お天気は良好。村まで歩いて行っても夕暮れ前には戻れるはず。
ひょっとすると、ルーカスと出会うかもしれない。
うきうきする心を抑えて、これは領主としての仕事の一環なのよと自分に言い訳をする。
居間から出ると、さっそくナッツィ夫人を捜しに厨房へと向かった。
「今から村まで行ってくるわ。わたしは着替えてくるから、ナッツィは滋養のある食べ物をカゴに詰めてくれる? お乳がたくさん出るようにね」
「あら、あの若夫婦の許へお祝いに行かれるんですか? ずいぶん急ですね」
予想通り厨房にいた夫人に声をかけると、驚きをあらわにした言葉が返ってきた。
「思い立ったら吉日でしょ? 今日はお天気も良いし」
それだけ応えて、セリーナは自室へと駆けだした。
〝善は急げ〟でもある。
着替えといっても、歩きやすいブーツに履き替え、帽子をかぶり、外套を羽織るくらいだ。
それから用意していた産着を風呂敷に包み、部屋から出る。
厨房ではお祝いの品をすばやく用意をしてくれた夫人が待っていた。
「ひとまず、蜂蜜と栗の甘露煮。乾燥させたいちじくの実とチーズ。そして男爵からの恩恵である焼菓子をおまけに入れておきましたよ」
いたずらっぽく笑って片目をぱちりとつぶる夫人に笑顔を返し、セリーナはカゴを受け取った。
カゴにかぶせていた布巾の上に、産着を包んだ風呂敷を重ねておく。
「ありがとう。それじゃ、行ってくるわ」
「はい、お気を付けて下さいね。あ、そうそう。ルーカスさんからお嬢様の所在を訊かれたら、村へ行ったとお伝えしていいですね?」
出て行きかけたセリーナを見送っていた夫人が思い出したように問いかける。
それにセリーナは頬を染めて答えた。
「ルーカスも村へ行ってると思うわ」
「あら」
夫人の笑みが意味ありげなものに変わる。
「い、行ってきます!」
恥ずかしくてぷいっと顔を逸らしたセリーナは、それでも元気良く挨拶をして厨房から飛び出した。