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16

 

「少し急だが、我々は明日の昼すぎにここを発つつもりだよ」


 その日の晩餐の席で、明日の予定を訊ねたセリーナに、男爵は神妙ぶって答えた。


「本当に……急ですね?」


 セリーナが驚きを隠せずにいると、男爵はさらに続けた。


「いやいや、今回は初めからそれほど長居するつもりはなかったんだ。この訪問での一番の目的は、レディが一人でも大丈夫かどうか、様子を知るためだったが……今までよく頑張ってきたね。ひとまずは安心したよ」


 思いがけない労わりの言葉をかけられて、セリーナは言葉を失った。

 男爵のこともやはり誤解していたのだろうかと、心苦しくなる。


「まあ、いつまでも女性が一人というのは感心しませんけどね。何かと騒ぎ立てる人が世間には多いのですよ?」


 給仕をするルーカスにちらりと視線を向けて、夫人が暗に忠告する。

 しかし、反論するのも馬鹿らしく、セリーナは素直にうなずいた。明日には三人とも帰るのだと思えば、我慢も出来る。


「皆様には満足のいくおもてなしも出来ずに、申し訳ありませんでした。それどころか、とてもお世話になって……。本当に、ありがとうございました」


 引き止めることはもちろんせず、援助のお礼だけを口にして、セリーナはこの話題を締めくくった。

 それからの時間は和やかに進み、翌日の昼過ぎには予定通り、男爵一家はフィリプトン屋敷を出発した。



   * * *



「やっと帰ったわね」

「ええ、本当に。ひと騒動でしたねぇ」


 ほっとしてセリーナが呟くと、ナッツィ夫人がやれやれとため息をついてうなずいた。

 男爵たちが乗った豪華な馬車の後ろに続く、風よけの幌もない荷馬車に荷物と一緒に乗った使用人たちは未だに手を振っている。

 セリーナたちが最後に大きく手を振り返すと、荷馬車は木々の陰に姿を消し、見送りも終わった。

 付き従う男爵家の使用人たちが、たった五日の滞在でずいぶん元気になったのは、やりくり上手のナッツィ夫人がみんなの食事まで男爵の援助で賄ったおかげだろう。

 おまけに、ハロルドのために焼いたお菓子とは別に、かなり日持ちのする焼菓子を使用人たちに持たせたのは秘密である。

 腹が立つことも多かった今回の男爵たちの訪問も、結局は全て上手くいった。

 セリーナは満足げに微笑んで振り返った。


「後片付けは、ぜーんぶ明日にして、これからお祝いをしましょう」

「お祝い、ですか?」


 確認するようにリチャードが訊ねる。


「そうよ。今回の難局を無事に乗り切ったお祝い」

「あら。それはいいですね。ですが、片付けもせずにっていうのは落ち着きませんよ。お祝いは後にして、ひとまずは片付けませんか?」

「ダメダメ。今からじゃあ、明日になってしまうもの。それで、明日になったらまた別の仕事が気になって、お祝いどころじゃなくなるのよ。だから、今日はもう何もしないの」


 ナッツィ夫人の異議申し立てを却下して、セリーナは静かに立つルーカスを見た。

 庭でハロルドにキスされそうになって逃げ出したあの時から、彼はすっかり口数が少なくなっていた。

 嫌味のひとつでも言ってくれればいいのに、それさえもない。

 こんな状態でどうやって気持ちを伝えればいいのかわからず、どんどん臆病になっていく。

 セリーナは何気ない風を装って、ルーカスに声をかけた。


「さあ、これからパーティーよ。それで、ジャックはまだ戻らないの?」


 ジャックは所用で近くの村まで出掛けており、見送りにも参加しなかったので、男爵たちとは最後まで顔を合わせることはなかった。


「おそらく、戻るにはもうしばらく時間がかかるのではないでしょうか」

「そう……じゃあ、仕方ないわね。とりあえず、わたしたちだけで始めましょう」


 申し訳なさそうに答えるルーカスに、彼女はうなずいた。

 以前から、村へと行くことの多かったジャックだが、ここ最近は特にその機会も多い。

 それでセリーナは密かに、ジャックは村に恋人がいるのではないかと疑っている。


(いいなあ……)


 勝手な想像に憧れる彼女は、吹きつける風の冷たさに身をすくませた。と、ルーカスが風を遮るように横に立つ。


「お嬢様、パーティーは居間で?」

「……ええ、そうよ。でも、まずは準備ね。さあ、行きましょう!」


 セリーナは明るく答えて、屋敷の中に入って行った。

 さりげない彼の優しさに嬉しくなる。今までもずっと、ルーカスはこうして彼女を気遣い、守ってくれていたのだ。

 その後は途中からジャックも加わり、パーティーはとても楽しいものとなった。

 みんなが笑い合う中で、セリーナは近いうちにルーカスへ想いを伝えようと、それでダメなら王都へ向かおうと、決意を固めたのだった。




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