13
「ルーカス、だったかしら?」
「はい。さようでございます」
ようやく起き出してきた男爵たちと、アフタヌーンティーを共にしていた時、男爵夫人が給仕をするルーカスに声をかけた。
夫人は穏やかに微笑んで応えた彼の顔を、しばらくじっと見つめ、再び口を開く。
「以前に会ったことがないかしら?」
その問いかけを聞いて、男爵が紅茶にむせる。
「アガサ、お前……」
どうやら戯れへの誘い文句だと思ったようだ。だが、これではあまりにも露骨すぎる。
セリーナも思わず顔をしかめてしまったが、ルーカスは笑みを崩さない。
「おそらく、王宮でお会いしたのではないでしょうか? 私は以前、王宮で働いておりましたので」
「まあ、そうなの? だとすれば、きっとそうね」
遠慮もなく上から下からじとじとろルーカスを眺めまわして、夫人は納得したようにうなずいた。
彼ほどの容姿なら、貴婦人たちも放っておかないはずなので、噂に上ったことがあるのだろう。
そう考えた夫人の隣に座った男爵が、尊大に問いを重ねる。
「誰の下で働いていたのだね?」
「……レスター侯爵のお手伝いを、よくさせて頂きました」
「それはそれは、また大層なお方だな。まあ、あの方は少々頭が固いから、大変だったろう? それで辞めたのか?」
男爵はルーカスの言葉を誇張だと思ったのか、信じていないようだった。
どこか馬鹿にした調子から、そのことが伝わる。
「侯爵は素晴らしい方ですので、とても有意義に働けました。しかし、私の方に事情があって――」
「ああ、くびになったのか? それでこんな田舎に来たのか。難儀だな」
すっかり決めつけてしまった男爵は、軽蔑もあらわに鼻を鳴らした。
セリーナは男爵たちの失礼な態度に腹を立てながらも、初めて聞いたルーカスの過去に驚き、ただ黙って座っていた。
レスター侯爵は、セリーナでも知っている大物だ。
ここ二年の間、彼が率先してあの自然災害で被害を受けた地方に、税の軽減措置が必要だと主張してくれていなければ、長年受け継がれてきたフィリプトン伯爵家の領地をすでに失っていただろう。
昨年に続き、今年も軽減されると知って安堵したセリーナは、侯爵に宛てて礼状を書いた。
それに対してつい先日、非常に丁寧な返事が届いたのだ。
全ては、国王陛下と、災害復興に力を注いでいる王子殿下のお陰なのだと。
そしてさらに、セリーナの父である先代伯爵とは旧知の仲であり、葬儀に参列出来なかったことを詫びていた。
この先、何か助けが必要な時は、いつでも相談に乗ると添えて。
そこでセリーナは思い出した。レスター侯爵から届いていた弔辞のことを。
当時は、忙しくて王宮を離れられないのだとあるのは適当な言い訳だと、信じていなかった。
それこそ、セリーナの思い違いだったのだ。
自分がいかに独りよがりで傲慢だったか、今さらながら気付いて彼女は反省した。
(わたしって、本当にバカよね……)
ちらりとルーカスをうかがうと目が合い、すぐに逸らす。
膝の上で両手を固く握り、セリーナは意を決してハロルドへ声をかけた。
「ねえ、ハロルド」
「……なに?」
サブレを頬張りながら応えたハロルドに、彼女はどうにか微笑んだ。
男爵からの援助で、大量に購入した食材を使って作ったナッツィ夫人のお菓子は絶品だった。
だから仕方ないのよと、彼の代わりに心の中で弁解する。
「さっき、早咲きのデージーを庭で見つけたの。一緒に見に行かない?」
頭ごなしに嫌わずに、もっとハロルド自身を知ろうと決めたのだ。
誘われたハロルドはおっくうそうに窓の外を見る。
「あら、ハロルドは花になんか興味は――」
「それはいいね! ハロルド、ぜひ行ってきなさい」
眉間にしわを寄せた夫人を遮り、男爵が嬉々として勧めた。
甘やかされたハロルドも、父親の言うことには逆らえないのだろう。
手に持っていたフルーツパイをしぶしぶ置くと、肘掛を支えにして立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
応えたセリーナは、差し出された太い腕に手を添え、ハロルドにエスコートされて応接間から出て行った。
背中にルーカスの視線を痛いほど感じながら。