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「本当にこれだけ?」

「ええ。ごめんなさい、ハロルド。今日は森に仕掛けた罠に何もかかっていなかったらしくて……。それでも、ジャックが大きな鱒を二匹も釣り上げてくれて良かったわ」


 ナッツィ夫人が腕によりをかけて作ってくれた鱒の香草蒸しを見下ろして、セリーナはにっこり微笑んだ。

 だが、ハロルドは悲痛な表情を浮かべている。それがあまりにも哀れで、彼女は自分のお皿も差し出そうした。

 そこに、男爵がしゃがれた声で質問する。


「ジャックとは誰だね?」

「この屋敷で色々と手伝ってくれている方です。彼が猟場の管理までしてくれているので、とても助かっているんです。明日にでも紹介いたしましょうか?」

「いや、わざわざ使用人に会うつもりはないよ」


 鼻で笑う男爵が腹立たしく、反論しかけたセリーナの肩に、そっと温かな手が触れた。

 はっと振り向くと、ルーカスが水差しを持って立っていた。


「お嬢様、おかわりはいかがですか?」

「え、ええ。お願い」


 今の一瞬の仕草に、三人が気付いた様子はない。目にしていれば、きっと無礼だとルーカスをなじるだろう。

 セリーナは落ち着きを取り戻そうと、〝新鮮な地下水〟が注がれたグラスを持った。

 手のひらに冷たい感触が広がる。

 男爵たちには、貯蔵庫に残っていたわずかなワインの中から数本を選んで出した。

 年代物のワインは早々に手放してしまったのだが、若いワインは売値もそれほどではなかったので残しておいたのだ。

 万が一にも、お客様が来られた時に井戸水ではなく、ワインでおもてなし出来るようにと。だがそれも、ダノシー男爵たちに対しては無駄だったようだ。

 ワインについても料理についても散々にケチを付けられてしまった。

 もちろん、十分に覚悟していたことだが、こうまで予想通りだと、腹立たしくもあり、おかしくもある。


 客間に案内してからは、まず夫人から〝狭い、陰気臭い、埃っぽい〟と苦情を受けた。

 それなら換気しましょう、と窓を開けると、夫人は非常識だ、何だとヒステリックにがなりたてた。

 当然、薪はあまりないので、客間の暖炉も火は弱い。

 夫人は小さな火の前で寒さに震えていたが、男爵とハロルドは平然としていた。

 それからしばらくして、男爵の侍従からお金を渡された。――これで、薪を買い足して欲しいと。


 セリーナが有り難く頂戴したところに、ハロルドの侍従がやって来た。

 晩餐まで昼寝をしたいのだが、寝具があまりにも硬く、眠れそうにないと。

 これに対して、今ある寝具で精いっぱいなのだと返答すると、また男爵の侍従からお金を渡された。――これで羽毛布団を手に入れて欲しいと。

 そこで急ぎ、ジャックにミリンガム家まで馬車を出してもらい、前もってお願いしていた寝具を取って来てもらった。今夜はきっと、ハロルドも快適に眠れるだろう。

 かなり卑怯な手段だとは思うが、背に腹は代えられない。

 招かれざる客には、自給自足で過ごしてもらわなければないのだ。


「明日、お天気が良ければ、狩りに行かれるのはどうですか? そうすれば、この辺りが今どのような状態にあるかご覧になって頂けますし、上手く獲物を仕留めることが出来れば、明日の晩餐にはご満足頂けるでしょう?」


 セリーナは名案だとばかりに、男爵たちに笑みを向けた。――が、男爵は飲みかけのワインにむせ、ハロルドはデザートのフルーツプディングを喉に詰まらせてしまった。


「まあ! ハロルド、大丈夫!?」


 咳き込むハロルドの背中を、夫人が大げさにさする。その様子を、セリーナは心配そうに顔を曇らせて見ていた。

 咳のたびに、たぷたぷ揺れる顎が気になる。


「その……、今回は、狩りの用意を持って来ていないんだ。残念だが、またの機会に楽しませてもらうよ」


 ナプキンで口を拭きながら答える男爵に、セリーナは可愛らしく首をかしげてみせた。


「では、明日は何をなさいます? 散策するには狭い庭ですし、カードゲームだと、この人数ではすぐに飽きてしまいますよね?」

「それは……明日になって、考えればいいじゃないか。セ、レディとは久しぶりだし、積もる話もあるからね。それにほら、ハロルドとは若い者同士、話せば楽しいだろう」

「……わたしは、色々と忙しくて、あまりお相手は出来ないのです。なにぶん、この屋敷は人手不足ですから」


 ハロルドとの会話は、苛立つことはあっても、楽しめるとは思えない。

 セリーナは水をがぶがぶ飲んでいる彼にちらりと目を向けて応えた。


「そんなもの、こちらの使用人にやらせればいい。せっかく我々が訪ねて来たんだから、レディはゆっくりするべきだよ」

「……そうですね」


 男爵の気の毒な使用人たちに、この屋敷のことまでしてもらうつもりはなかったが、セリーナはひとまず了承した。

 その会話の間、ルーカスは気配を感じさせない控えめな態度で、何度も空になるハロルドのグラスに水を注ぎ足していた。




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