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「――こちらでございます」


 ルーカスの案内で応接間に入った三人は、室内を見て一瞬足を止めた。

 掃除はしっかりと行き届いているが、すっかり寂しくなってしまった部屋に、絢爛だった以前の応接間を知っている男爵はなぜか満足そうな笑みを浮かべた。

 もちろんすぐに消えたが。

 ハロルドはすでにアフタヌーンティーが用意されているテーブルを一心に見つめ、夫人は軽蔑を隠そうともせずに、顔を険しくして辺りを見回している。


「ずいぶん寒いのね。とてもじゃないけど、お客様を迎える部屋ではないと思いますわ。まあ、お母様を早くに亡くされたのだから、仕方ありませんけどね」


 訳知り顔でうなずく夫人に言い返すのをこらえ、セリーナは申し訳なさそうに微笑んだ。


「今の我が家ではこれが精いっぱいで……。当然、ご存じでしたわね? 何度も援助を申し出て下さっていたくらいですもの。ですから、皆様を満足におもてなし出来ないことも理解して下さるでしょう? この冬を越すためにも、薪は今から大切に使わないといけませんし、食料だって、今年はぎりぎりの収穫しかなかったものですから、贅沢は出来ませんわ」


 この言葉の意味をしっかり飲み込んでもらうために一呼吸おく。そして、念を押す。


「こうしてわざわざお越し頂いたのは、わたしを心配して下さったからですわよね? 何か助けがいるのではないかと、お考え下さったんでしょう? 本当に有り難く思っております。ですから、手紙に書いたように、まったく、おもてなしは出来ませんが、どうかくつろいで下さいね」


 かちゃり、と小さな音がしたのは、お茶を注いでいたルーカスが珍しくソーサーにカップをぶつけてしまったからだ。

 どうやらセリーナの大層な熱弁に笑いをこらえているらしい。

 男爵たち三人は唖然としており、セリーナはこの先のことに対して、これで警告できたと満足した。


 ここからは形勢逆転。

 事あるごとに苛立つことになったのは、男爵一家だった。

 十分に温かいが、薄い紅茶に文句を言う夫人に対して、これからもそれしか用意できないと告げると、自分のためだけに持参していた高級茶葉をリチャード経由でメイドに取って来させた。

 次からはこれを使って欲しいと。

 アフタヌーンティーの軽食に出されたのは、栗の甘露煮をふた粒ずつと、挽きの荒い小麦で出来た甘くないビスケット。

 やはり想像通りというか、なんというか、夫人は自分の分もハロルドに差し出していた。

 しかも、それだけでは足らず、持参していた間食用のお菓子を、これまたリチャード経由で侍従に取って来させた。


(いったい、どれだけ食べるの……)


 用意した客間のある二階と一階を、無駄に往復させてしまったリチャードを心配しながら、セリーナは食欲旺盛なハロルドを見ていた。

 男爵以上に太るのも時間の問題だろう。


(やっぱり、ハロルドが夫になるなんていやだわ。食費がかかり過ぎるもの)


 貧乏性が身についてしまったセリーナには、どうにも許せないことだった。


(たくさん動いて、しっかり食べるのは当たり前だけど……)


 そう考えて、部屋の隅に控えているルーカスをそっとうかがう。

 出会った時より、絶対に痩せた。以前、そのことを指摘した時には、痩せたのではなく引き締まったのです、と笑っていたが。

 確かに、乗馬服姿では気付かなかったが、久しぶりに袖を通したらしい上着は、肩と胸の辺りが少々きつそうだった。

 頬もこけたというより、すっきりとして、二年前には少年ぽさが残っていた顔立ちが、すっかり男らしいものに変わって……。

 そこでセリーナははっとした。


(なに考えてるのよ、わたしは!)


 恥ずかしくなって慌てて目を逸らし、落ち着くために紅茶をひと口飲む。

 荒れた手の中にあるカップや、テーブルの上に置かれたポットは、曽祖父が蚤の市で面白半分に買ってきたものらしい。

 古いという以外に価値はないが、男爵やハロルドの太い手の中では、素朴なカップも繊細に見えた。


 その男爵とハロルドは、少し肌寒い室内にあってもうっすらと汗をかいており、二人に挟まれて座る夫人もそれほど寒くはないようだった。

 応接間には、その広さにふさわしい大きな暖炉があったが、薪をケチっているので火は小さい。

 本音をいえば、その火の上に鍋を掛けて料理をしたいところだったが、それはさすがに控えた。

 セリーナは耳を澄まし、玄関辺りから聞こえてきていた物音がしなくなったことに気付いた。


 男爵たちの荷物は全て運び終わったらしい。二階の客間では、きっと男爵の使用人たちがせっせと荷ほどきをしている頃だ。

 紅茶だ、お菓子だと、途中で横やりが入ってしまったが、先ほどのメイドたちは慣れた様子だったから、いつものことなのかもしれない。

 それでもきっと、あの部屋には使用人たちもかなり驚いているだろう。

 男爵たちから寄せられるであろう苦情を思うと、憂鬱なようで楽しみだった。

 セリーナの顔に思わず笑みが浮かぶ。

 その考えが伝わったのか、ルーカスと目が合い、彼もまた含んで笑った。

 どこか共犯めいていて、なんだか嬉しくなる。


「それでは、皆様をお部屋へご案内いたします」


 セリーナが立ち上がったのを合図に、ルーカスが凛とした声で告げると、男爵たちもカップを置いて腰を上げた。

 これから始まる狂騒劇がどんな結末を迎えるのかはわからない。

 しかし、全てを受け入れようと覚悟を決めて、セリーナは応接間を後にした。




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