異世界から帰還したら現実がモンスターパニックになった件について
連載小説のほうでコメディになってきたせいか、唐突にシリアス系を書きたくなって書きました。
良かったら見ていただき、楽しんでもらえると幸いです。
遠くから瓦礫が落ちる音が聞こえる。豪奢だったこの城もあまり長くはもたないに違いない。城だけでなく、俺も無事な箇所などほとんどない。腕も一本なくなっている。最早何もしなくても、命が尽きるのは避けられないだろう。俺の住まう城も、俺の今の状態も目の前にいる人間が原因だ。
しかし、俺にはどうもこいつが憎めないでいた。
「勇者よ……。お前はどうしても俺を殺すというのか」
「……っ! 仕方がないんだ! お前を殺さないと家族が……!」
目の前の人間――勇者は顔をゆがめながらも自らの境遇を吐露する。
そうか。この人間もまた望まない行動をさせられているのだな。
俺はくくっ、と思わず笑いが出るのをこらえられなかった。
つくづくこの世界に住む住人――いや、権力者というものは唾棄すべき者ばかりらしい。
いや、俺もまた魔王などという存在になっているのだ。俺もきっとそんな存在になり下がっているに違いない。
「魔王様! そんなことはありません! あなた様は私たちを何とか生き残らせようとしているではないですか! 今だって勇者の犠牲には魔王様自身だけで十分だと――」
「皆まで言うな」
「しかし!」
なおも食い下がる忠臣。いや、俺の親友とでも言うべき男。彼は俺がこの世界に飛ばされてから今に至るまで実に色々な助けをしてくれた。今も心を読んでまで俺の言葉を否定してくれている。
本当に感謝しか言葉が出ない。
彼は今にもその身を勇者の前に動かそうと動かないはずの身体を震わせている。
それを見た俺は彼を拘束する力を一層高めた。それによって俺の命は一層削られたが、構うまい。
「魔王……、お前は……」
「勇者よ。もう俺は長くない。しかし、どうか俺の住まう国の者を救ってはくれないだろうか。魔族とはいえ、もともとは人族として暮らしていた者も多い。彼らはただ迫害されてここまで逃げてきただけなのだ。彼らに俺が与えられなかった希望を与えてやってほしい」
「……俺にはそんな力など存在しない」
勇者は悔しそうに言う。
確かに勇者一人では実現することは出来ないかもしれない。例え大きな力を持つとはいえ、人の力などたかが知れている。
しかし、今の勇者は一人ではない。そのことを俺はよく知っていた。
「勇者よ……。お前は俺の住まう城へ辿り着くまでに様々な町を廻ったな。そして、その町で様々な救いをもたらした」
「それはっ……! ……ただ、彼らが困っていたことを解決しただけだ。俺は何も出来てなどいない」
「それは違うぞ、勇者よ。お前が救った町は確かに希望が溢れていた。俺が守ってきた俺の国民には与えることが出来なかった希望が、だ」
「…………買い被りだ」
勇者は顔を下へ向ける。
随分と初心な奴だ。俺はまたも笑いが口からこぼれた。
そして、同時に俺の口から血が零れおちる。どうやら、本当に間もなく、らしいな。
「魔王!」
「魔王様!」
勇者と忠臣の言葉が俺に降りかかる。
目も最早ほとんど見えなくなりだした。
俺は今にも消え落ちそうな意識を必死に留め、何とか言葉を口に出す。
「勇者よ。どうか我が民を……」
「ああ、俺に任せてくれ!」
最後に力強い勇者の言葉が聞こえた。
――ああ。満足だ。
俺は強い満足感を覚え、意識を手放した。
魔王の死から十年後。
世界に蔓延っていた絶望の影は希望の勇者――聖女と最後の忠臣――賢者によって払われた。
平和になったその世界では魔王とは世界に平和をもたらすための礎となった者として伝えられている。彼の者は世界に住まう民からこう呼ばれている。
魔王――真なる世界の王、と。
◇
「はっ」
俺は小さくない驚きと共に目を覚ました。
……どういうことだ。
少なくない疑問が頭を覆う。
俺は辺りを伺うが、どうにもおかしい。
机など一人で使える程度の大きさしかないし、そもそも俺が今横たわっていたベッドですら小さすぎる。しかし、どこか見覚えがある気がする。
そこまで考え、俺は気付く。そもそも俺は死んだはずだ。目が覚めるなど有り得ない。一体何がどうなっているんだ。
その時、どこからか声が聞こえた。
「怜! いい加減に起きなさい! 学校に遅れるわよ!」
ひどく懐かしい声だった。
そう、それは俺が異世界に飛ばされることになった二百年前に……。
「もしや、ここは俺が異世界に飛ばされる前の世界なの、か……?」
言葉に出しただけだったが、それが本当であるとしか思えなかった。
懐かしさから俺の両目から涙が零れ落ちるのが分かる。
異世界に飛ばされてから幾度願っても帰ることが出来なかった世界に戻ってきたのだ。
「いい加減にしなさい!」
「あ、ああ。今すぐ行く」
声の主――母親に返事をし、移動を開始する。途中で涙を着ていた服で拭う。
下へ降りた俺に向かって母親はようやく降りてきた、とばかりにため息を漏らす。
父親は我関せずとでも言うかのように新聞を読んでいる。
妹はもそもそと自分の食事を口に運んでいる。眠いのか、半眼となっている。
俺はそんな家族の様子を見て、ようやく帰ってきたのだという気持ちを噛み締めていた。
「どうしたのよ、怜。あんた、何か変よ?」
「いや、何でもないさ」
「……? そう? なら、いいんだけど」
母親はどうやら興味を失ったようで自分の食事を再開した。
――ああ。なんて平和な朝食だ。
異世界に飛ばされてから、二人以上で食事を取れたことなどなかった。
いくら戦時中とはいえ、朝食ぐらい警戒をしなくても良かったのではないだろうか。
無理なことと思いつつ、つい昔を思い出して愚痴を心で吐いてしまう。きっとこの愚痴ですら平和な世界に戻ってきたことで吐くことが出来るものなのだろう。
「お兄ちゃん? 何か変だよ?」
妹に声をかけられる。
「あ、ああ」
俺は自らの顔に触れる。気付かぬうちに笑みを浮かべていたらしい。
元の世界に戻ってからというものの感情が溢れすぎているな。
「さゆりも早く食べちゃいなさい」
「はーい」
さゆりはもそもそとした食事を再開する。
そんな様子を見ながら俺も食事をするのであった。
◇
時は進み、俺は学校に来ていた。
学校がどこだったか分からなくなっていたが、幸いなことに妹が一緒に行こうなど言ってくれたがために事なきを得た。
俺はどうにか記憶を掘り返し、自らのクラスへ向かう。
途中、何度か誤りそうになったが、どうやら俺はことのほか故郷が恋しかったらしい。
意外にも早くクラスへ辿り着くことができた。
「遅いじゃん、怜! どうしたのよ?」
「あー! 今来たのかよ! せっかくお前が遅刻する方に賭けてたってのに!」
俺に話しかける少女と少年。
名前がどうにも思い出せない。一体、誰だっただろうか。
「こんのバカケル! また賭けてたの!?」
「いいじゃねえか。別にお前たちには関係ないだろ?」
そうか。そういう名前だったか。
「それよりバカケル。俺は早く席に着きたいんだが」
「バカケルじゃねえよ! 俺は翔だっての! ったく、花音が変なあだ名つけるから真面目な怜すらそれで呼ぶじゃねえか」
「いいじゃないの。本当に馬鹿なんだし」
「ちげえよ!」
二人の言葉の投げ合いを見ながら少しずつ思い出してくる。
そうだ。俺はここで確かに暮らしていた。
目を閉じ、俺は心の中で繰り返し言う。
同時に俺の脳裏に異世界の様子が思い浮かぶ。
確かに異世界にいた俺の国民は心配だ。しかし、あの勇者なら確かに国へ希望を与えてくれるに違いない。
そして、最早俺はこの世界に帰ってしまったのだ。あの世界のことを考えるのはあの世界の者に任せよう。
――俺はもう一度ここで暮すんだ。
俺はそう思い、目を開ける。
目の前で繰り広げられる喧嘩はまだ続いていた。
――その時、俺は気付いていなかった。
――この光景が二百年前。俺が異世界に飛ばされる直前に見たものと同一であるということに。
日常が崩れるのは突然だった。
俺が懐かしさを噛み締めつつも授業を受けていると唐突にそれは訪れたのだ。
『人間どもよ。我らが家畜足る人間どもよ』
――脳裏に響くその声は、俺に嫌な感覚を思い出させる。
『我らが兵器を作りだすため、お前らの命を貰い受けようぞ』
――そう、それは俺が異世界に飛ばされる直前に聞いた声。
『では、苦しんで死ぬがよい。そして、絶望するのだ。大きさが大きいほど彼の者を縛る強力な鎖となるのだから』
――そして、今完全に思い出した。俺が縛られていた存在を。そして、今から死ぬ絶えるであろう友人たちの存在を。
「ふざけるな!」
俺は立ち上がる。
もう俺は今まで力のなかった存在ではない。何故、今の世界に戻ってきたのかなんてどうでもいい。友人たち、いや家族にすら見捨てられても最早構うまい。
ただ、俺は救いたかった。俺の国の民を救えなかった希望を与えることで。
「次元世界切断魔法」
その魔法は次元を切断する。文字通り次元が違う存在である彼の存在ですら致命傷を与えることができる技だ。加えて次元を切り裂くことで、奴らが次元を超えることすら出来なくなる。俺が長年苦労してようやく完成させることができた魔法の一つだった。
『な、に……』
突然、現れた球体に声の主は身体を飲み込まれているのだろう。
その光景は次元の異なる世界に住む俺には見ることができない。
しかし、確かに声からはその焦りと困惑を感じ取ることができた。
『ふざけるでない! お前らのような下等生物に我らが劣るとでも言うのか!』
その声を聞いた俺はほくそ笑む。
どうやらうまくいったようだ。
「ああ。そうさ。お前が下等生物と謳う存在にお前は惨めに敗北するのさ」
『この下等種が! ……などと我が言うとでも思ったか』
「なに?」
何やら空気がおかしい。確かに俺の魔法はやつを切り裂いたはず。
『お前は我らの存在を理解などしていない。お前の存在はこの次元のみ。我らがその気になれば幾らでもお前を滅ぼすことなど出来るのだ』
こいつは、何だ。何なんだ。何をしようとしているんだ。
『我がこの時に滅びようとも、いつか蘇るのであれば、それは我が滅びないことと同義。お前は必ず負ける運命なのだ!』
声はその声を最後に聞こえなくなった。
一体、何がどうなっている。
俺は確かに奴を滅ぼしたはずなのにどうにも嫌な予感しかしなかった。
「ぐぅああああ」
突然、胸に大きな痛みが走る。
「ど、どうしたのよ、怜!」
「なにがどうなっているんだ!?」
心配する花音に困惑する翔。
俺は二人に返事することもできずにその場に蹲った。
そして、ようやく痛みが減り、立ち上がることが出来た俺は驚愕せざるを得なかった。
「ま、魔力が……ほぼなくなっている、だと……?」
魔王として呼ばれていた俺に存在していた無限と思われる魔力。それがほぼ消えてなくなっていた。愕然とする俺に花音が恐怖の声を上げる。
「れ、怜! これを見て!」
恐怖に震えつつも花音が示す携帯を覗き見る。
――世界に突如としてモンスターが出現。世界各所で人を襲っている。
どうやらこの世界でもまた戦いから逃げられないらしかった。
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