第四話
「んじゃー走るよ!お茶は走ってる時に飲んでも良しっ!タオルも首に巻いて良しっ!」
「ずいぶん勝手ね」
「いーじゃん、あたしがリーダーなんだから!ヨーイどんっ」
まず、ユウが先を越した。あたしとマリも続く。初めは余裕の笑みをみんな浮かべていた。しかし、一周終えるとユウとマリ以外には疲れの顔が見え始めた。あたしもそんなに疲れていないけど、少し心拍数が上がっている気がした。
このマラソンは、一年生が三列に並んで走っている。あたし達が前にいる。順番はバラバラだ。
運動が得意じゃない限り、このスピードは一周でも辛いだろう。
二周目が終わる頃にはもう列になっていなかった。あたしの隣にはマリとユウがいる。きっと合わせてくれているのだろう。しかし後ろをみると誰もいない。
五周終わると息がすごく上がっていた。マリも少しだけ息をあげている。ホントに少しだけど。
ユウはまだ余裕そうだ。変わったと言えば、おデコに汗が浮かび始めている。
そして十二周目。もう息ができないくらい苦しくなっていた。足もガクガクしてきた。視界もぼやけてきた。あたしはお茶を一気に三分の二飲み込んだ。
…もう二十人全員抜かした。五回くらい抜かした子もいる。倒れて休んでる人も何人もいた。
「っ!」
あたしはフラリと地面に倒れた。砂が顔に当たり痛かった。しかし、それ以前に息が苦しかった。
「「楓!」」
ユウとマリは同時に叫ぶとあたしを抱えた。マリは自分の水をあたしのタオルにかけ、おデコにたたんで置いた。
「ま、マリ⁈あんたバカ?水大事でしょ⁈何使ってんの⁈」
「あんたがバカでしょ!まだ一回も歩いてないじゃない‼休まないと死ぬわよっ⁈」
マリが怒鳴る。本気で心配している。すると、ユウも自分の水を取り出し手に流した。それをあたしの首の後ろ、肘の内側、膝の内側にかけた。
「…涼しい」
あたしは素直な感想を漏らした。ユウが得意げに笑う。
「だろ?そこは涼しくなるところなんだよ」
五分くらい休み、あたしは起き上がった。まだ辛いがこれ以上二人を待たせたくない。
「二人ともありがとうっ!行こっ!」
ついにラスト一周になった。もう少し!流石にユウも辛そうだった。もう足の感覚がない。全身が燃えるように暑い。ラスト100m…あたしは膝を地面についた。ユウとマリは一瞬驚き、すぐに意味を理解した。
そう、今から100m走気分で走ろうという意味だ。そして二人もクラウチングスタートの姿勢をとった。
「ヨーイ、どんっ!」
あたしが叫ぶと同時に三人は駆け出した。この瞬間が本当に気持ち良かった。そしてゴールの線を踏んだ。
「やったあ!いっちばん♪」
結果はあたし、ユウ、マリの順番になった。つってもほとんど差がなかったけど。
「ほんと、あんた短距離はバケモノね」
「うへへっ…んっ、ハアハア…げほっ、ごほっ!」
「何だよ、辛かったのよ?」
ユウが水を飲みながら笑った。あたしはうー、と呟き残った水を頭からぶっかけた。
「アホか!かけるんじゃなくて飲むんだよっ!水分補給にならないだろっ⁈」
「あ、そか。でももうないや」
「ったく、ほら飲め!」
「えっ、いーの?ありがと!」
ぐびぐび、と一気に飲み、容器だけ差し替えした。マリがニヤリと笑いながら「口づけね」と言ったが聞こえないフリをした。ユウは顔を真っ赤にしてたけど。
それから一時間くらいで全員走り終えた。時計を見ると7時40分だった。うわっ、やばっ!
あたしたちは急いで階段を駆け上がり、部室の戸を開いた。
「お待たせしましたっ!」
「あっ、きたきた!おかえりっ!」
見ると片付けをしている最中だった。センパイ達もずっと練習してたんだ…。
あたしはすぐさま片付けに取り掛かった。テーブルを片付け、ネットを外し、それから落ちている玉を拾った。
「あっ」
拾っていると、野苺センパイが球拾いのネットをたくさん持っていた。ネットは軽いけど持ちにくい。あたしは急いで駆け寄った。
「あの、あたし持ちます!」
「!伊吹 楓…。じゃあ頼むわ」
そういうと全部あたしに突き出した。う、結構重いっ…。
「ちょっと野苺…普通、全部渡さないでしょ」
「一樹!」
一樹と言われたセンパイは、あたしの目線に気づくと微笑みながら自己紹介した。
「僕は菊田 一樹。野苺のクラスメイトであり幼馴染だよ。よろしく、伊吹さん」
そういうとあたしのネットを全て持ち上げ、去って行った。野苺センパイを見るとぼーっと、顔を赤めながら、一樹センパイを見ていた。あれ?
「一樹センパイかっこいいですね」
「か、一樹ってあんた!菊田センパイって言いなょ…や、何でもないっ!そしてカッコ良く無い!」
野苺センパイはそのままずんずんと自分のカバンを取りに行った。あたしも自分のカバンをひっつかみ着席した。隣にマリが座る。
「ふぅ、結構ハードね?この部活」
「んー、そうだけどあたしは好きかな!この部活っ!」
マリはふっ、と笑い前に視線を移した。あたしも前を向いた。
恵先生が前に出ると起立!と部長の声がかかった。みんな立ち上がり、それから礼をした。恵先生が今後の予定、主に市大会の事を話し、部活終了となった。
「さよならー」
最後のセンパイ、野苺センパイへの挨拶を終えると、部室を出た。もう8時だ。外は暗い。
「じゃあね、私こっちだから」
マリが手をふり、チャリをまたぎ、そのまま校門へと去った。あ たしはマリに手を降り、校門へと走った。学校から家はまあまあ近いので、走っていける距離だった。
「おいっ、楓!一緒に帰ろうぜ」
後ろから声がし、あたしは足を止めた。ユウが走ってくる。
「おま、マジで早えな」
ユウが呆れるように呟く。あたしはうるさいなーと睨み、再び足を進めた。
空はすっかり黒色だ。星が複数光っている。なんかこんな景色を二人で見てるなんて…恋人同士みたいだなあ。
「ユウってさあ、好きな子いる?」
「はあ⁈」
あたしが質問するとユウは顔を真っ赤にし、目を見開いた。
「いーじゃん!別に」
「う…いるよ」
「ええ⁈マジで⁈どんなこー⁈」
あまりにも意外な答えだったので、思わずユウを突き飛ばした。
「いて、えと…金髪でショートカットなんだ…。んで目が綺麗な青色。なんか女王様みたいな雰囲気もあるけど、性格は明るい上品ではない感じかな?」
金髪でショートカット。目は青色。性格は上品ではない感じ。
まさしくあたしじゃん!つまりあたしのそっくりさん?まー金髪ショートなんてたくさんいる。やれやれ、探し様がないじゃん。
「お前は?」
不意に聞かれて噴き出す。お前も聞くんかいっ!ってゆーか、あたし、好きな人いんのか?
チラリ。あたしはユウを見た。やはり一番親しいと言えばユウだよなあ。でもあっちはどうかわかんないし…?あたしも好きかはわかんないから…結論は、
「わかんない」
「そーか」
ユウは少し残念そうな、しかしどこか嬉しそうな顔になった。
何こいつ?マジ意味わかんない。
あたしは時計を見た途端驚愕の声を上げた。
「8時30分じゃん!ゲームする時間なくなるっ!」
「え、ゲームかよ」
「どっちにしろヤバイ!ダッシュでいくよ!」
そのまま猛ダッシュで家へ向かった。