1話 思い返す思い出
——悪役令嬢と言われ始めたのは、学園に入学してからだった。
その原因となった出来事も、今となっては思い出話として語れる自信がある。
それは、学園に入ってまだ間もない頃のことだった。
「ミリカールア、と申します。アルジュ様。お隣、宜しくお願いしますね」
隣の席になったアルジュ・キャル・シアールシー公爵令息に、ミリカールア・キャル・カシラート公爵令嬢は、椅子に座りながら彼に微笑み、挨拶を交わした。
「うん。宜しくね、ミリカールア嬢。アルジュです」
一応自己紹介はしておこうという意思が見て取れて、ミリカールアは口を抑えながらクスクスと笑った。これはまだ悪役令嬢と罵られる前の出来事なので、友人が欲しいと純粋な期待を抱いていた頃だった。
もっとアルジュと仲良くなりたいと、ミリカールアは話し掛ける。
「アルジュ様は、婚約者はいるのですか…………って」
ミリカールアは、己が今犯した失態に気付く。
思わず顔が青褪め、頬に手を添えた。
(これじゃ、私がアルジュ様に好意を持ってるように聞こえるじゃない……!)
顔を赤くしたり青くしたりしているミリカールアを、アルジュは「ぷはっ」と堪え切れないとばかりに吹き出した。
「あ、もうっ。アルジュ様っ!」
「ごめん。ちょっと、面白くて……」
「面白いなんて……」
思わずむぅと頬を膨らませると、それを笑いながらも見たアルジュは「ふふっ」ともっと笑った。社交で見た彼はもっと穏やかな感じだったのだが、学園などの非公式な場では違うのか。淑女をこんな風に笑うなんて、抗議の声を上げても良いはずなのに、ミリカールアはそんな気分ではないというべきか、むしろ頬が緩んだ。
「まったく、アルジュ様……でも、これからもこうやって、仲良くしてくれたら嬉しいなぁ、なんて」
「勿論だよ」
「ありがとうございます。アルジュ様」
二人椅子に座りながら微笑む姿は、誰から見てもお似合いの二人だった。
〜〜***〜〜
アルジュ様と仲良くなれて良かった、と呑気に考えてられたのもその日だけで、翌日に登校するとアルジュ以外のクラスメイトが、冷たい視線でこちらを見てきた。
「え………?」
ポカンとしていると、勇気のある伯爵令嬢が無表情を保ち、こちらへ来た。
「ミリカールア嬢、ラリア様を川へ突き落としたのは本当ですの?」
「はい? ……そんなことは、出来るわけありません」
僅かに震えそうな声を我慢しながら、平静を装って反論する。
だが周囲はそれを信じておらず、助けを求めようとアルジュの方を振り向くと彼は窓際にある自分の席から、外の景色を見ていた。
「—————っ………」
自分のことを気遣ってくれてないのだと、その時直ぐ分かった。
ミリカールアが絶望している時も、令嬢はミリカールアを責め立てていた。
そして一人がこう言ったのだ。
「まるで、悪役令嬢ですわよ!」
入学して二日目から、ミリカールアは嫌な思いをする羽目になった。
こうして一から思い出を振り返ってみると、なんだか疲れてしまう。もやっとした気持ちになるし、その『悪役令嬢』と騒ぎ立てた令嬢たちのことは許せないと思う。
だが、何よりもショックだったのは、アルジュのことだ。
(もっと仲良く、なりたかったわ……)
アルジュ・キャル・シアールシー。
公爵令息。成績優秀で学園ではトップにいた。家の財産も多いことから、男女問わず人気のあった人だ。深い青の髪に、黒色の瞳。細身だがしっかりと筋肉がついていることは、令息専用の剣術の授業を見学した際に一目見てしまったのだ。
「はぁ……」
ずっと壁の花になっていたので、思わず苦い思い出を思い返したり、アルジュの容姿や学園での成績を纏めたりと、色々脳内でやってしまったではないか。
今日は学園の卒業パーティー。一度しかない貴重な体験なのだから、目一杯楽しみたい。だが悪役令嬢として陰口を言われているミリカールアは、自然と憂鬱な気分になって来る。
そんな時、己の婚約者から呼び出された。
「ミリカールア。こちらへ来い」
「…………? はい」
不審に思いながらも、ミリカールアは少し離れたところにいる男女の下へ向かった。
可憐なドレスを着たミリカールアと同じこの学園の卒業生、ラリア・キャル・アットスの肩を抱いている彼は、ミリカールアの婚約者、フェラス・カル・シーカール王太子。ラリアは腰まである桃色の髪に、同じ色の瞳。今はピンクを基調としたドレスを着ている。
「何か御用でしょうか、殿下?」
婚約者だというのに、フェラスはミリカールアに「フェラス様」と呼ぶことを許可してくれなかった。だから「殿下」という敬称でいつも呼んでいたのだが……それはただ、貴族たちに自分たちの仲を疑われる一部となった。
フェラスは「あぁ」と頷いてから、大声で宣言した。
「ミリカールア・キャル・カシラート! 貴様との婚約を破棄することにした!」
突如告げられたその宣言は、理解に苦しむことだった。この場を静かに見守っていた貴族たちも、それは同じことのようで、シーンと辺りが静まり返る。
そんな中笑っているのは、子爵令嬢のラリアと王太子のフェラスだけ。ミリカールアはというと、ポカンと口を小さく開けて、その優秀な頭で今の状況を理解しようとしていた。
「つまり………殿下のお隣にいるラリア様が、殿下の新しい婚約者様なのですか?」
「あぁそうだ。こちらのラリアこそが、王太子妃に相応しい!」
ラリアに視線を向けると、彼女はミリカールアにクスッと嘲笑を向けた。
(私を嘲笑ってるつもりなのだろうけれど……婚約破棄自体に悲しいとか、悔しいとかないわ。だって、その方が自由に生きられるじゃない)
王太子妃になるべく育てられたことも、全て塵になった。努力は報われなかったが、これからは領地で穏やかに過ごそう。あの両親が許すとは、思えないが。
そうやってスケジュールを考えていると、予想の範囲外の言葉が放たれた。
「よってミリカールアは、死罪とする!」
「え………………」
(うそ、でしょ……)