火を灯す
「君も絵を描き始めたんだって?」
僕はそう言って君へ尋ねる。
彼は後輩だった。
「はい! 先輩の絵を見て僕も描いてみようかなって!」
「それは嬉しいな」
昔から僕についてくる小動物のような後輩。
僕は君がとても好きだった。
どんな時でも僕を立ててくれる優しい子だった。
「で、どんな絵を描いたの?」
「これです!」
そう言って君が見せてくれた絵を見て僕は言葉を失った。
「先輩に比べたらまだまだ未熟ですけど」
その通りだ。
まだ作法も何もない君の絵は歪んでいた。
狂っていた。
見るに堪えなかった。
だけど、それは僕がある程度の技術も持っているためだとすぐに気づいた。
つまり、僕の技術は今、この瞬間に限って言えば『ノイズ』だった。
作品の本質を歪めるノイズ。
しかし、皮肉なことに僕はノイズをノイズと認識出来るだけの才を持っていた。
「ダメダメだね」
動揺を悟られないように僕は笑う。
「ですよね? これからビシバシ鍛えてください!」
「もちろんさ!」
心がどうにかなりそうだった。
才能がある者というのは一目見れば分かるものだ。
相手もまた『それ』を持っているかどうか。
「僕、先輩の絵を見て火を灯された気分だったんです!」
「言うねえ。褒めてくれるじゃないか」
あぁ。
僕は喜ぶべきなのだろう。
僕の灯した火が君に繋がったことを。
それなのに。
なんで僕の心はこんなにも苦しいんだろうか。
「君は上手くなるよ! 絶対に!」
どうにか僕は言葉を振り絞る。
僕から灯された君の火が今度は僕の心を焼き尽くしているのを感じていた。
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「おう! 応援しているよ!」
その翌日。
小火が出て君の作品は燃えた。
だけど、君に宿った火は決して消えることはなく、今や君は世界的な絵描きとなった。
「先輩のお陰です!」
君は今日も僕に礼を言う。
その言葉は君の作品と共に燃やした僕の残り香を今日もまた甚振っている。