第7夜 平原
見渡す限り草原で、所々に木立がある程度の広い広いナリスベリー平原のどこかにはとても楽しい場所があるという。
どう楽しいのですか? と宿屋の主人に尋ねてみたが、それは言えないのだと返ってきた。しかし、人生に刺激を求めている若者におすすめだという。
「僕は若者っていう歳じゃないんですけどね」
カウンター席に座って苦笑する青年の自己認識としてはそんな感じだが、見た目は上級学校に通っている学生を横に並べたとしてもうまく紛れられそうなくらいには若い。
「いやぁ、それでも20、いっていても6、7くらいだろう? 十分若い若い、きっと楽しめるさ」
「楽しむのには体力が必要なのですか?」
「それは、人によるなぁ。とりあえず行ってみればわかる」
「そうですか」
これ以上の情報はもらえないようだったので、彼はカップに残っていた珈琲を飲み干すと部屋の鍵を主人に返し、宿を出た。
その足で向かうのは騎獣屋だ。
騎獣は魔獣などとは違って人を襲わない。それでいてそこそこ強いので旅の伴として便利なのだ。
「あら、お客さん、ナリスベリー平原に行くの? それなら騎獣は途中で放すことになるわねぇ」
「とても楽しい場所というところは騎獣は連れていけないんですね」
「そうなのよ。だから購入じゃなくてレンタルはどお?」
「レンタルですか?」
「うちの子、賢いから契約相手が“ここまでだ”って言ったり数日間放置されたりしたらここへ帰ってくるのよ。だから、レンタル」
有り体に言ってしまえば騎獣として売りに出せないものを何とか商売に繋げた形なのだろう。
「それは珍しいですね。確かに、騎獣を放置してしまうのは可哀想だ。ですが、皆さんの言う“とても楽しい場所”から戻ってくる時に困りませんか?」
「ああ、それは大丈夫だよ。帰ろうと思えば帰れるところだからね」
「そうなんですか?」
「そうだよ。とても楽しくて不思議な場所なんだ、あそこは」
彼は騎獣をレンタルすると平原に向かった。近くの街で何人かに聞いたが、この広い平原のどこかに入り口があるという話しか聞けなかった。具体的にどこにあるのかわからないままなのだ。とはいえ、急ぐ旅でもなかったのでまずは軽く見て回ろうと騎獣に指示を出す。
少しして、騎獣が急に動きを止めてしまった。突いても引っ張ってもうんともすんとも言わない。
何なんだ、と思いながら騎獣が見える範囲で探索する。
しばらくすると妙にくぼんでいるところがあった。彼はそこを隠すように生えていた草をかき分け、手を触れる。
すると――
「うわっ!!」
するりと手首を掴まれたかと思ったら、地面の中へと引き込まれてしまったのだ!
掴む力は強くはないのに、何故か振りほどけない。そして、不思議なことに土の中を通っているのに土が顔に触れることもなかった。
引っ張られ続けること、体感で数分。一際強く引っ張られたかと思うと、どこかの空間へ飛び出した。
「ぶべっ!」
訳が分からないまま地面に落ちた彼は、額を押さえながら起き上がる。
「お客さんだよ」
「お客さんだね」
目の前にはよく似た男女の双子。
「「ようこそカルスポリエへ!!」」
二人に手を引かれるまま歩き出す。
カルスポリエは街だった。それも、ありとあらゆる娯楽が詰まった街だ。
「ここにはね」
「何でもあるんだよ」
ああ、なるほどと彼は思う。
どうりで騎獣屋の主人がレンタルを勧めるわけだ。
ここは確かに“とても楽しい場所”なのだろう。
そして、楽しすぎて出られないのだ。きっと。
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前話から引き継いだ要素:平原
カルスポリエ
ナリスベリー平原に入口を置く地底世界。世界中のありとあらゆる娯楽が用意されている。
“あなたにとって一番の楽しみは何ですか? 賭事、芸事、閨事まで網羅したこの娯楽の街ならどんなものでも楽しめます、揃えます。人に言えない娯楽趣味の方も、ご相談はカルスポリエまで!”