第6夜 実力者の国
建国神話を見て、彼はふと思った。
この国はどうして軍縮が進んでいるのだろう、と。
初代王は森を切り拓き、その先の新天地を征服して国を建てたのだという。当時は武力こそが最も偉大な力として崇拝されていた。
しかし、現代はどうだろうか。
彼が知る限り、重要視されているのは豊富な知識を有している者。国を回す力がある者。そして、国を分析し根拠のある政策を提案できる者。
つまり、この国は文官的な能力が高い者が尊重され、出世できる国になっている。
彼らのお陰で国内は安定し、子ども達の学力も高く、産業を支える者たちはその生業に邁進することができている。
それが悪いことだとは思わない。
しかし、本当にそれでいいのかという漠然とした不安が彼の心に影を落としていた。
彼は父に尋ねた。
「この国は、なぜ軍の縮小が進められているのでしょうか」
「幼い息子よ、それは軍の成果と維持費が見合わなくなっているからだ」
彼は母に尋ねた。
「国を守るものが減ってしまっても良いのでしょうか」
「愛しい我が子よ、いいのです。敵のこない砦を守らせるよりも人々の生活を守ってもらう方がよほど国のためになるのですから」
彼は兄に尋ねた。
「この国に敵はいないのでしょうか」
「弟よ、今は平和そのものだ」
彼は最後に騎士団長に尋ねた。
「この国の軍縮はこのまま進んで大丈夫だろうか」
「殿下、どうぞご心配なさらぬよう。この国は三方を森に囲まれている天然の要塞。私も自分の足で確かめたことがありますが、敵が来るとすれば東の草原しかありません。東に精鋭をおけば万事解決です」
それから数年後、軍は縮小どころか解体されてしまう。
この国は実力者の国として謳っているのに、武力は力として認めていない。その現れだろう。
これで本当に実力者の国だなんて言えるのだろうか。
あるとき、森で不審なものが見つかったという報告がされるようになった。
北の森で一つ、四角い箱のようなもの。
西の森で二つ、普段見ない動物の爪痕。
彼は自分が無意識に恐れていたことが起こり始めていると感じた。
彼自身もその目で読んで知っていたというのに失念していたことがある。
それは、初代王が“森を切り拓き”この地へ辿り着いたというもの。
この国は三方を森に囲まれている。
しかし、どこの森の向こうから初代王がやってきたのかは誰も知らなかった。
「騎士団長! 騎士団長はどこにいる?」
「殿下、騎士団長は――先月、軍の解体によって城を辞しております」
「知っている。その後の行方を聞いているのだ」
「今すぐ調べに向かわせます」
数年前、騎士団長は言っていた。
森を自分の足で確かめたのだと。それが確かならば、忍び寄る森向こうからの脅威に備えられる。
「殿下。元騎士団長の行方ですが……」
「見つかったか!?」
「いいえ、残念ながら……」
騎士団長は見つからなかった。
そうしているうちに、王宮は森からの奇襲を受けてしまう。
軍を解体してしまったこの国の防御力は無に等しい。
国は為すすべもなく制圧されてしまった。
冷たい石の床に跪いて思う。
この国は驕っていたのだ。
切り捨てるべきではないものを捨ててしまった。
曇天の下、首が落ちる最期の瞬間、処刑地を見下ろすようにして、酷く冷めた目で自分を見る元騎士団長の姿があった気がした。
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前話から引き継いだ要素:実力者の国
実力者の国
政務能力のある者が重用されるようになり、内政的にはトップクラスの安定性を誇るようになった。一方で武力・国防の面は軽視され、そこを突かれて国は滅びた。