第5夜 王妃の輝きに勝るものなし
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むかしむかし、あるところに美しい顔立ちをした村娘がおりました。娘は母親譲りの美しい黄金色の髪をし、瞳は父親譲りのアメジストをしていました。
この娘は村の中でも頭が良かったので、首都の特別な学校に通うことになりました。
その学校は驚くべきことに、貴族も平民も並んで学べる学校でした。
けれど、身分の差はもちろんのこと、その美しい顔立ちを妬まれた娘はクラスの中でいじめられてしまいます。
ところで、このクラスの中には娘以外にももう一人、平民の男の子がいました。彼もまた身分を理由に勉強ができなくなってしまいました。
娘もまた、いろいろないじめに遭いましたが、ついには階段から突き飛ばされてしまいます。
そのとき、ふわりと娘の体が浮かび上がると、階段下にいた少年がそっと抱えました。
彼は言います。
「優秀な平民の娘が追い込まれていると聞きました。優秀な人材は国の宝。私はあなたを傷つけた者達を許しません」
娘を助けた少年はその国の王子様でした。
王子様に気遣ってもらった娘はより一層勉強に打ち込みます。全てはいつか、この王子様の助けになるために。
そんな娘の努力を見ていた王子様は翌年、娘にプロポーズをします。
「あなたのそのひたむきな姿はとても美しく尊い。どうか私と結婚してくれませんか」
娘は悩みましたが、ついには頷きます。
王子様は手際よく、王様と王妃様にもすでに許可をもらっていました。この王子様の誤算があるとすれば、それは貴族たちの反対が思った以上に大きかったことでした。
困ったことに、王子妃となった娘の言葉を臣下のはずの貴族たちは聞かないのです。
貴族たちは言いました。
「平民の王子妃など、汚くて我らの目には映らないのです」
これに怒った王子様はこの貴族たちを懲らしめて王子妃にはこの世で最も美しいティアラを作って贈ります。
「これをつけていれば貴族たちも君に気づかないふりはできないでしょう」
このとき贈られたティアラは愛の証。王子様によって『王妃の輝きに勝るものなし』と名付けられたのでした。
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子ども向けの絵本をそっと閉じて娘はため息を吐いた。
「何なのこの話……妙にキレイになって……改竄するにもほどがある!」
真実はこうだ。
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昔々、あるところにそれは醜い子どもがおりました。
母親も父親も綺麗な顔立ちなのに、その子どもだけがとんでもないへちゃむくれ。
けれど、髪は母親譲りで黄金のように艷やかに輝き、瞳は父親譲りのアメジスト。この二人の子どもであることだけは間違いありませんでした。
大人になれば面立ちが変わることもあるからと周りの大人たちは見守る姿勢でした。
ただ、残念ながら子ども達の間ではそうはいきません。
醜い子どもは石は投げられるわ虫は落とされるわ散々な虐められ様でした。
このままでは双方にとって良くないとされ、醜い娘は首都の特別な学校に通うことになりました。
学校自体はおとぎ話で語られているものとそう変わりません。いじめについても慣れたもの。むしろ貴族の上品ないじめや陰口なんて大した問題ではありませんでした。
とはいえ、誰も彼もが太い神経を持っているわけではありません。娘が知っている何人かの平民の生徒たちは耐えかねて去っていく者もいました。
あるとき、隠れるように勉強していた図書館の片隅に珍しく人がいました。眠っているようです。そして、どう見ても、貴族の男性です。
貴族に関わるとろくな目にあわない。そう思った娘はさっさとその場を離れようと背を向けました。
しかし、
「どこへ行くんだい? 君はここに勉強に来たのではないのかな。遠慮することはない、席はまだあるのだから好きに座るといい」
「いいえ、お邪魔してしまうのも気が引けますので結構です」
「おや、君は……国一番の不器量と名高い令嬢かな」
「誰のことを仰っているのか、私は単なる平民です」
気づかれてしまったものは仕方がないと開き直って娘は失礼極まりない貴族の男性の反対側に座って勉強を始めました。
それから、何度か狙ったように図書館の片隅で彼に遭遇することが増えます。
流石に気になって彼について調べてみると、なんと隣のクラスにいるという王子様と同じ特徴ではありませんか。
貴族どころか、その貴族を束ねる権力の最高峰。娘は王子様を避けるようになりました。
しかし、あるとき娘は王宮に呼び出されてしまいます。
成績優秀者に対する激励との話でしたが、向かってみればいるのは自分だけ。
これはどうしたものかと悩んでいると王子様がやって来て宣言しました。
「君を私の妃とします」
「お断りします」
しかし王族に平民が逆らうことなどできなくて、娘は結婚が決まってしまいました。決め手は貴族の派閥が関わっていないから。
そこから娘の人生はさらなるハードモードに突入します。
学校卒業後、王子妃なのに政務の中枢にも携わるようになりましたが、貴族たちがまず言うことを聞きません。そして、貴族たちの仕事ぶりも酷いものでした。
仕方なしに娘自身の力を奮って国を回す仕事をこなします。けれども、それが長続きするはずもありません。
このままでは国の機能が止まりかねないと娘が王子様に訴えると彼はニッコリと笑って言いました。
「優秀な者を王子妃付きとして仕事の補佐をさせましょう。君は無能な貴族の名前を私に教えてください」
まるで娘が音を上げるのを見越していたかのような手配の速さでした。
聞いてみれば、王子様はいつ娘が助けを求めてくるかと見ていたそうです。
それから3ヶ月後、無能な貴族達はいつの間にか王宮から姿を消していました。
空いた席には王子妃付きとして働いていた数人が就きます。
そしてそのまた3ヶ月後、娘は王子様から褒賞をいただきました。
「君のお陰で王宮も随分と風通しが良くなりました。これはその褒美です」
渡されたのはどれだけお金を注いだのか呆れてしまうほど眩いティアラでした。半分は国庫から、もう半分は無能な貴族たちの身代からとのことでした。
「優秀な者には相応の立場と褒賞を与えるものです。これからも私の妃として期待していますよ」
この『王妃の輝きに勝るものなし』によって王子妃は身分を理由に在野で燻っている優秀者達を釣るシンボルとして仕立て上げられてしまったのでした。
そう、ティアラが作られたのは決して愛の証ではないのです。
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生まれ変わった娘としては、かつての自分の顔立ちの表現もそうだが、何よりもあの腹黒王の黒さが一ミリほどしか感じられないことが解せなかったのだった。
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前話から引き継いだ要素:『王妃の輝きに勝るものなし』
『王妃の輝きに勝るものなし』
希少な宝石をこれでもかというくらい使われたティアラ。これを見たものはその持ち主の財力を畏れて平伏すという。
このティアラを戴いた者はまず間違いなく優秀者で、こき使われることが確定しているため、後の(賢い)王妃候補からは敬遠されることになる。
150年ほどは使われていたがやがては宝物庫にしまいこまれることになり、王宮が戦禍に巻き込まれた際に行方不明となった。