第3夜 銀のコップ
ここは、至る所で銀色が覗く街だ。
屋根が銀色に塗られている家、窓ガラスが銀でコーティングされている図書館、その前にとまる馬車はもちろんのこと、馬の手綱までも銀色。
「明日は私の好きな本が入荷するんですよ」
「おや、それは良かったですね。今回はどれくらい早いのでしょうか?」
「ふふ。それが、奇跡的に発売してからピッタリひと月なんです」
「なんと! それは珍しくいいタイミングを掴まれましたな」
「ええ、本当に……せめて、特装版でなければとは思ってしまいますけどね」
人の装いもそうだ。
早足に街の奥へと向かう男は銀の差し色が入ったローブを羽織っている。
のんびりと空を飛ぶ女の靴も銀。
「ねー奥さん。そのアプルは幾ら?」
「2銀だよ」
「5個買うから8銀にまけてよ」
「うーん……しょうがないねぇ」
「やった! あ、支払いは魔力で」
「はいはい。この銀のコップに入れな」
露店での支払いに使われるのは銀貨だし、手持ちがなかったら銀貨の代わりに魔力で支払う。
不思議なことに、その魔力は目に見えて、誰もがそれは美しい銀色をしていた。
だが、街を囲む高い高い壁は鉄色をしている。
そして、この街の者は時折その壁を見ると表情の温度が抜け落ちるのだ。
滑稽な話だ。
この街から、銀を持つ人間が出ることは叶わない。
なぜならば銀を持つ人間は総じて遺伝子疾患を有しており、身近なところに銀がないと衰弱してしまうからだった。さらに、彼らが持つ銀の魔力(あくまでも生体の持つ魔力)は普通の人にとって毒でもあった。
この街は彼らにとって安全な街で。
同時に、逃げ出すことのできない檻でもあったのだ。
この街の取引で精製される銀は魔法銀と呼ばれ、壁の外に運び出されていく。魔法銀は価値が高いようで、瓶一つと引き換えに大量の食料や日用品が運び込まれていた。
にゃあ
「ん? 何だ、紺縞。エサでもねだりに来たのか。あ、あとで俺ん家来いよ。魔力と引き換えに魚やるから」
にゃあ
銀を持つ動物もまたこの檻の住民だ。
役人をしている青年の家に向かうと、薄い寝具に寝ている幼子の姿が見られる。
その枕元で丸まって時間を潰した。
そして夜。
「紺縞、紺縞、起きろ」
……にゃ
「魚、持ってきたんだ。これをあげるから、ここに魔力をくれないか」
銀の魔力がなくなるとどうなるか。
この街の者であれば、近いうちに死に至る。
けれど、それを回避する方法はある。
他から銀の魔力を受けるか、銀の魔力を完全に失ってから街の外に出ればいいのだ。
青年は私が話の通じる相手であると見るや、自分の弟に魔力を分け与えてほしいと願った。
青年の弟は魔力を補充でき、対する私は入荷したての魚にありつける。
これも一種の取り引きだ。
しかし、やがて青年の弟は徐々に魔力を受け入れられなくなり――終には銀色を失ってしまった。
銀を失ったものはこの街では生きていけない。
青年の弟は街を出ていった。
それから10年ほど経った頃、私も銀を失った。
これでようやくこの街から離れられる。
銀色がない緑の森を巡り、甘い水が湧く湖で休み、朽ちた船をくぐり抜け、旅をした先で再会した。
「紺縞? 久しぶりですね。僕のこと、覚えていますか?」
にゃあ
「ここでまた会ったのも何かの縁。一緒に来ませんか?」
紺色に、褪せた銀色、いや、グレーの縞猫となった私は思う。
銀など惜しくないさ。それを失っても世界はこんなにも眩しいのだから。
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前話から引き継いだ要素:猫とオーブ屋
今話のテーマキーワードにふと浮かんだ単語は「アンダルシア」
調べてみると、スペインの街らしい。
銀の道という言葉が出てきたので銀をメインに据えることに。
銀の街
街のどこにでも銀や銀色が溢れる。
一見すれば富を象徴しているかのような街だが、その実は、全く違う。
この町の住民(動物含む)は外で銀の魔力の発現が確認されたら拉致するようにここへ連れてこられる。そして連れてこられた時点でこの街から出られないことを知るのだ。