第2夜 オーブ屋
「ごめんくださいな! 店主さんはいますか?」
ここは怪しげな露店が立ち並ぶシャーボア通り。その一つの店先で明るく呼びかけたのは、年の頃17、8くらいの少女だった。葡萄色のローブを羽織っており、手には宝玉を埋め込んだ長い杖を持っている。フードは被っていないので鮮やかな赤い髪が風に遊んでいる。
いわゆる魔法使いと呼ばれる人種だ。
そんな彼女の視線の先は、色とりどりのガラス玉のようなものが並べられている店の、その奥だった。
にゃあ
商品棚の影から一声鳴いてひょいと近くにあった椅子に飛び乗り姿を表したのは紺色にグレーのメッシュが入っている長毛種の猫だった。
「あ! マッカーサーがいる! ねぇ、マッキー。今日もオーブ屋さんいないの?」
にゃあ《昨晩は花の収穫時期だと言ってでかけていたからな。昼過ぎまでは起きて来ないぞ》
猫はそう言うと椅子の上で器用に丸まって寝そべった。
「え? でも、もうお昼過ぎてるよ?」
にゃあ《ならばそのうち顔を出すさ》
「そうだね。どうしようかな~。私、オーブを使うならここのが良いんだけど、店先のじゃなくてオーブ屋さんが出してくれるやつが欲しいんだよね」
少女はぶつぶつと呟きながらオーブ屋の店先をウロウロとしていた。
そんなとき、
「ふぁぁ……よく寝た」
「あっ! オーブ屋さん!」
寝ぼけ眼でふらふらと姿を表したのは、ぼさぼさのグレーの髪に青い瞳をし、白衣のような服を着ている男だった。
「おや、失礼いたしました。お久しぶりですね。紅の織姫様。今日は何をお求めでしょうか」
「最新のオーブを!」
「最新、ですか……」
「昨日、採取に行ったんでしょう?」
「一体どこでそれを……あ、マッカーサー。お前ですね」
不自然に視線を逸している飼い猫が目に入ったようで、男は呆れたような色を覗かせる。
「……はぁ、申し訳ないですが昨日収穫したオーブはまだ詳しく確認していないんですよ」
「えー、でも、オーブ屋さんのだから大丈夫ですよ! ちょっと見るだけでいいので見せてください!」
少女が頼み込んで、ついに頷いたオーブ屋は一度奥に戻ると両手に持てるくらいの宝石箱を持ってきて見せていた。
「採れたてほやほやなのがこの一番上にあるこれですよ」
「おお! 新鮮なオーブ!」
「オーブに新鮮も何もありませんよ」
「あはは。でも、オーブ屋さんのは普通よりずっと安定しているんですよね。良いものを使っているからじゃないんですか? それで……これは花?」
少女は一つのオーブをつまみ上げると日に透かすかのようにして中を確認する。
「沈丁花ですよ」
「へえ。可愛い花なんですね。特性は?」
「まだ未加工なのでなんとも。ですが、毒性、鑑賞、染色のどれかになるでしょう」
「ふぅん……染色になったらぜひ私に買わせてください!」
「では予約ということにさせていただきますね」
オーブは魔法使いにとって重要な触媒の一つだ。このオーブが持つ特性によって使える魔法が変わる。
日用オーブをお求めの方はシャーボア通りのオーブ屋まで!
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前話から引き継いだ要素:オーブ屋
オーブ
orbであれば宝珠とか宝玉。
または写真に映り込む白いホコリみたいなあれ。
宝珠の方の意味を採用。
魔法を便利に使う触媒的な立ち位置。オーブに納めたものの性質によって引き出せる力が変わる。オーブ屋は性質の固定ができるが、どれになるかは決められない。